SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
第25歩兵師団第1旅団の装備、再生整備を受く
出典 Fairbanks news miner
URL http://newsminer.com/2007/02/02/4921/
原題 Overhaul window short
筆者  Margaret Friedenauer、Staff Writer
日時 2007年2月2日
発信地 不明
他掲載媒体 army timesなどにAP電で同内容あり
内容 以下全訳

木曜日、フォートウィインライトにて綺麗に磨かれてはいるがところどころ擦った跡をみせつつ、貨車から降ろされたストライカー装甲車は僅か数ヶ月前、第172ストライカー旅団戦闘団とともにイラクの通りや田園を轟き走っていたのとは全く違って見えた。

車上には12.7mm機関銃も、螺旋鉄条網の束も、鳥篭装甲も防弾盾もついていない。Al Kelly中佐(Lt. Col.)の車体の前面に載せられていたゴム製のアヒル、同中佐が仕掛け爆弾に出くわすのを好いている証であり、同中佐はこのアヒルにちなんで”座り込んだアヒル”の渾名を得たのだったが、そのアヒルもいない。木製の白い標識に赤のアラビア語で自動車や自動車自爆者に対して「距離を取れ」と伝える警告は”荷物明細在中”のピンクのラベルに取って代わられた。

まず船、それから鉄道でのアラスカへ戻る長旅はイラクでの16ヶ月間に比べると容易かった。

「慣れているから」と車両の旅のことをIan Davis大尉(Capt.)は話す。「経験を積んだからね」

これらの車両はイラクでの16ヶ月間の駐留期間中、第172旅団が使っていたが今では第25歩兵師団第1ストライカー旅団に属している。昨年12月に第172旅団は第25歩兵師団第1旅団に名称変更したのである。

車両249両と装備を入れたコンテナ数百個は12月18日にクウェートを出発し1月24日にアンカレッジ港(the Port of Anchorage)に到着。そこから北にアラスカ鉄道(the Alaska Railroad)で移動した。木曜の列車はフォートウェインライトに車両を運ぶ二編成の二つ目だった。最初の編成は土曜に到着している。

これらの車両は陸軍の基準にかなうよう完全なオーバーホールを受けることとなるおよそ10500点の装備の一部である。

派遣後、”再生”は通常180日間を要する。しかし在アラスカ合州国陸軍(U.S. Army Alask)の広報将校であるChuck Canterburyによると第172旅団の駐留期間が120日間延長されたにもかかわらず再生の日程は延長決定以前からのままである。

「陸軍がこれをやるのは初めてだ」とCanterbury広報将校。「二ヶ月短縮できればたいした時間となる」

通常なら装備の大半は本土48州の陸軍施設へと送られてオーバーホールされる。しかし今回は装備は直接アラスカに送られて100名を超える民間および軍の要員が来てその場でオーバーホールを最後まで行う。再生は6月15日に完了する日程となっている。

「狙いは装備を出来るだけ早く部隊に手元に返すことだ」とCanterbury将校。

車両はアンカレッジ港にて給油して船から自走して降り鉄道貨車に積まれた。木曜日、100名を超える兵士らがフォートウェインライトで車両の卸下に加わって車両を貨車から降ろしては基地のなかをそれぞれの車両置き場へと走らせていた。中東の華氏100度を超える気温の中で使われていたにも関わらず、車両の多くは簡単に始動できた。Davis大尉によるとストライカー装甲車は通常マイナス20度(#華氏? 摂氏不明)まであてになるとのこと。

車両の中には、エンジンが掛からなかったり編成後部に載せられていたものなどもあり、それらは作業を早めるためクレーンで下ろされた。

ストライカー装甲車がアラスカ州をでたのは2005年5月のことだった。第172旅団とともにルイジアナ州フォートポークにゆき派遣前の3週間の集中訓練を受けて、その後ルイジアナから中東へ兵らに先立って船積みされて送り出された。

クウェートやイラクに着いてからは、ストライカー装甲車には数度改良が施された。例えば仕掛け爆弾やロケット擲弾(rocket-propelled grenade、RPG)に抗するために鳥篭装甲が増設された。旅団がバクダッドに移動してからは旅団支援大隊は巡回中にハッチから体を出している兵の姿が狙撃手からみえなくなるように対狙撃覆い(sniper blind)を溶接した。

11月にバグダッドでの戦闘作戦が終わり兵らはアラスカに帰還し始め、ストライカー装甲車はクウェートで増加装甲を取り外し、洗浄されて船積みされた。駐留期間が延長されたため、ストライカー装甲車は冬季対応も施された。というのも帰還は秋季ではなく冬季月間となったためである。
スポンサーサイト
copyright © 2005 SBCT関係論文翻訳 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。