SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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モスルにいる警備会社社員のBBCへの投稿
出典 BBC
URL http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4613785.stm
原題 One Day in Iraq: Daily lives
筆者
Jocko, UK contractor
日時 2005年6月7日
発信地 モスル

内容 以下に全訳。

夜が明け、全て事も無く、徹夜で働いたので眠りたいと思っている。
昨晩、わが社は車列護衛がなかったので、大変危険とされる3本の街中の経路を偵察する(to do recce')ことになった。
 夜間外出禁止中に偵察することで、自爆攻撃を受ける可能性を減らしている。米軍の助言により、我々は計画を変更した。 代替案を採用し、任務は恙無く進んだ。
 私はチームの先導車の運転手である。当初の任務を果たしたのち、新しい交差道路を調べに向かった。 まもなく着いたのだが、他の運転手が曲がりそこない、3km行過ぎてから引き返した。

 交差道路までの距離を測りながら楽々運転していると、車の右3フィートのところで、閃光と無数の赤い火花が空に向けて吹きあがった。

そのとき、私の車は2車線の真ん中を走っていたから、路面の穴か割れ目に見えないように埋め込んだのだ。爆発のあとも、車は動き続けたので、二次攻撃が企てられている場合にそなえ、走り抜けることができた。
 幸運なことに、負傷者は一名のみで後部銃手が肩に小さい傷を負った
だけだった。そして、私の哀れな車は右側に7個新たに穴が開いた。

およそ2km先で我々は止まり、負傷者の治療をした。そこにいる間に米軍がヘリコプターを送って我々の位置を確認し、ついでストライカーの小隊が我々を援護するため現れた。

 その後、我々は同じ道路を基地へと戻り、無事に着いて、負傷者を医療センターへと運んだ。
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