SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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2-14Cav支隊、シリア国境ユーフラテス北岸へ展開
出典 Army Times
URL http://www.armytimes.com/story.php?f=1-292925-980445.php
原題 Stryker Soldiers fend off suicide attacks during horder town fight
日時 2005年7月18日
筆者  Matthew Cox, Times staff writer
発信地 イラク Rawah

内乱者はシリア国境のこの小さな町での戦闘2日目となる月曜、米兵に対し2回の自爆車爆弾攻撃を仕掛けた。

最初の自爆攻撃が起きたのは午後2時45分、第14騎兵連隊第2大隊の兵がイラクの南西部にあるユーフラテス河すぐ北町の通りをパトロールしているときだった。

2-14Cavの3両のストライカー戦闘車のうち1両のそばで車爆弾が爆発した、装甲車内で負傷した兵士はいなかったが、爆発により付近にあったイラク人のタンクローリーが炎上した。

パトロール隊はただちに、攻撃で観測車を務めたとおぼしき白のセダンの追跡を開始。

数分のうちに、第21歩兵連隊第3大隊B中隊第1小隊の約30名の兵士がパトロール隊の増援のため、新たに設けられたばかりである3km北の戦闘外哨から出た。

途上で、第1小隊長Matthew Uremovich中尉は町西端で川を渡る橋へ向かう様指示された。そこでパトロール隊が白のセダンを停車させたのである。

兵役年齢の男性1名が車のそばで両手を挙げて立っているところにUremovichのストライカー装甲車が橋を渡って近づいた。丁度そのとき、対向車線をピックアップトラックが急速に迫ってきた。

ストライカー装甲車の中で、Jason Hughes二等軍曹が車両上面の遠隔操作式12.7mm機関銃を回転させ、トラックに3発バーストを放った。トラックはストライカーから50フィート内で激しく爆発した。

ストライカー装甲車の正面ハッチに立っていたUremovich中尉はトラックがばらばらになる瞬間車内にもぐりこんだ。トラックのエンジン部分が装甲車の正面に当った。”皆大丈夫か?”Hughesが叫び、向き直って装甲車後部の歩兵9名とArmy Timesの記者2名の無事を確かめた。

またもや、爆発で負傷した米人はいなかった。

用心して、Hughes二等軍曹は白のセダンと付近に停車している車が車爆弾でないことを確認するため、数回、12.7mm機銃のバースト射撃を撃ち込んだ。ほどなく両車ともオレンジ色の炎をあげて燃え、濃い黒煙が空に立ち昇った。

そして、Uremovich中尉と兵らは現場を調べるためストライカーの後部から出た。

白の車の近くに立っていたイラク人男性は消え去っていた。間際になって逃げ失せたのか、それとも爆発で粉々となったのかは分からない。小さい人肉片が現場に散らばり、Uremovichのストライカー装甲車の上に足首が入ったままのナイキのスニーカーが乗っかっていた。

橋のたもとの残骸を見下ろしているのは、この町の歓迎サインで、落書きがされており、訳すと、「米人と戦うのは全てのムスリムの義務である。」

Uremovichの3-21Inf.の小隊と2-14Cavのパトロール隊はここから北へおよそ143マイルのモスルを基地とする第25歩兵師団第1旅団(ストライカー旅団戦闘団)の大隊規模支隊の一部である。

大隊の隊がこの土曜の夜にここに到着し、恒久戦闘外哨を設けた。これは、陸軍、海兵隊、空軍および特殊作戦部隊が関わっている動きの一環であり、シリア国境からイラクへと越境してくる外国人テロリストが勢力を振るっていると伝えられているが、これを阻むためである。

2-14Cav支隊の指揮官Mark Davis中佐曰く、「これまであまり戦闘力が投じられてこなかった地域へ、戦力を投入するためここにきた。」

第1海兵遠征軍の海兵らは、過去数ヶ月内乱者と衝突してきたが、ユーフラテス河南岸で作戦を続けることとなる。Davis中佐の支隊は国境沿いにユーフラテス河北岸の地域を担任することとなる。

月曜の二重の爆弾による攻撃は2日間で2度目の連合軍に対する攻撃である。

この町での部隊が過ごした最初の日、地元民の態度を計り知るため、Davis中佐とB/3-21INf.中隊のMark Ivezaj大尉は合州国とイラク陸軍共同パトロールを率いて町に入った。

町に入る前に、Qayarrahから来ているイラク陸軍大隊長のSheik Raad Naif Haroushは米人らに彼が1997年に前回訪れたときは人々は友好的だったと話した。が、数分後、伏撃すべく待ち構えていた内乱者はストライカー装甲車4両とイラク陸軍のピックアップトラック8両からなる車列に攻撃を仕掛けた。

Ivezaj中尉が砲塔に立っていると、すぐ前を走行していたストライカーの横で敵が路肩爆弾を爆発させた。敵の機銃が車列に向かって口火を切った。

Ivazajは素早く身を屈めて、内乱者の機銃座にM4カービンを撃ち始めた。”9時方向”と後ろの二つのハッチにいる兵に叫び、敵の位置を指した。

Ivezaj中尉は2,3回速射し機銃手に命中させた。

”奴を倒した!”と彼は叫んだ。

さらに2,3回速射を放ったところで、弾薬が切れた。

”再装填する”とIvezajが叫びハッチの下へ屈み込んだ。このとき、Todd Usack軍曹が12.7mm機銃で3発バーストを放った。

”援護する”、Ivezaj中尉は叫ぶ。彼はUsackとともに撃ち続けた。

暫しの戦闘休止は、敵が車列にRPG2発を放ったことで妨げられた。が、RPGは害を与えず車両の上を飛び越した。

Ivezaj中尉のストライカー装甲車は通りの数街区先で停車した。中尉と兵2名に通訳が車両後部から走り出て付近の家屋に入った。

”伏せろ! 伏せ! 伏せ!”兵らは家屋内の者に叫んだ。彼らは家屋を掃討し屋上目指し上階へ向かった。

屋上からIvezaj中尉と兵らはJoseph Alexander1等軍曹と兵5名の集団が付近の家屋を捜索するのを援護した。2万人の町はひっそりと静まり返り、通りには人の気配は無かった。

”友好的だって畜生”、Ivezaj中尉は言う、”誰ががそういうたびに攻撃されるんだ、毎回ね。”

徹底的な捜索にもかかわらず、伏撃を仕掛けた内乱者は消えうせていた。

それでも、Ivezaj中尉は、伏撃陣地のあった家にJDAM(Joint Direct Attack Munition)を投下させるべく近接航空支援を要請した。

Davis中佐は承諾し、耳を聾する500ポンド爆弾の爆発でコンクリート平屋の建物は破壊された。

のちほど日曜日の晩に、Ivezaj中尉は敵の最初の伏撃は、第1ラウンドに過ぎないといった。

”奴らが今日したことは、我々がどんな反応を示すか、我々が何に堪えられるかを掴むためだけのものだ。”
”奴らが今日したことはそれで全てだ。”
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