SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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シリア国境の町Rawahに1-5Inf.
出典 i-Newswire
URL http://i-newswire.com/pr38976.html
原題  Two Soldiers Killed by IED, One Dies in Accident
日時 2005年7月28日
筆者 在イラク多国籍軍、在イラク治安移行司令部、TFバグダッドの広報をとりまとめ
発信地 不明

出典 ロサンゼルスタイムス
URL http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iraq31jul31,0,6396385.story?coll=la-home-headlines
原題 Americans Hope New Base Disrupts Smuggling Route
日時 2005年7月30日
筆者 John Hendren
発信地 バグダッド
内容
前者の内乱者拘束等の広報から 第5歩兵連隊第1大隊はRawahにて活動
第24歩兵連隊第1大隊はモスルにて活動
第21歩兵連隊第3大隊はモスルにて活動

後者 Rawahはシリア国境でユーフラテス河北岸の町
モスルとバグダッドに向かう交差路に当る。シリアからの内乱者流入を
防ぐため2週間前から米軍は基地を建設。1800名の米部隊が駐留。
・基地は町から3マイル離れており、内乱者が迫で攻撃するには町と
基地の間の砂漠に身を曝さねばならないように考慮している。
・米軍部隊が町に到着したのは7月16日。
・部隊の戦闘計画では強襲を繰り返し、地域を確保、イラク治安部隊を導きいれることになっている。
・Rawahの人口は1万6千人から2万名。ファルージャの掃討作戦の再来を危惧して町から避難する住民の流れがある。地元メディアは80%が逃散したと
伝え、米軍筋はそれは過大に過ぎると述べる。 
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