SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Rawahでの作戦と帰還の見通しについて
出典 Tacoma News Tribune
URL http://www.thenewstribune.com/news/local/v-lite/story/5074291p-4624379c.html
原題 Strykers make noise on western front
日時 2005年8月4日
筆者 Matt Misterek
発信地 不明

フォートルイスを原屯地とするストライカー旅団、第25歩兵師団第1旅団の何百という兵らが7月半ば以来、合州国海兵隊とイラク陸軍部隊がユーフラテス河流域のシリア国境の確保をするのを助けている。

ストライカーの部隊には第14騎兵連隊第2大隊の騎兵たちと第21歩兵連隊第3大隊の歩兵らが含まれる。

旅団報道官Duane Limpertに水曜確認したところによると、Rawahでの作戦によりストライカー旅団の兵に死者は出ておらず、また、そこから北東へ150マイルの拠点としているモスルでも同旅団は死者を出していないとのこと。Tacomaを原屯地とする同部隊は2ヶ月以上も死者を出していない。

ではあるが、ここ数日間に国境地帯で海兵20名が戦死したことは、危険は依然としてあることを示している。

”彼らは互いの作戦を把握し、調整して活動している”とLimpert大尉は海兵隊とストライカー部隊との関係について語る、”しかし、彼は同じ任務部隊(task force)に属していない”

モスルでは第24歩兵連隊第1大隊の兵らが7月後半に重要目標を拘束した。彼はAbu Baraaとして知られる人物で、情報将校は彼が、旅団が6月に拘束したAbu Talha、北部イラクにおけるアルカイダ指導者の後継であると見ている。

”我々は中枢にいる連中を捕らえることに非常な成功を収めており、それ以下の階梯に属する連中の解体に役立っている#とLimpert大尉は言う、”西部戦線では全く異常がないわけではないが、進展をみせている”

 旅団はいまもなお、今後数ヶ月かけて一年におよぶ展開から戻る途上にある。アラスカのストライカー旅団が引き継ぐことになっている。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2005 SBCT関係論文翻訳 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。