SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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海兵14名戦死を契機とする社説
出典 LA times
URL http://www.latimes.com/news/printedition/opinion/la-ed-iraq5aug05,1,1519138.story
日時 2005年8月5日
筆者 同紙社説
原題 The enemy of hope
発信地 不明
内容 以下全訳

軍の将軍らは何月も前からイラクの内乱者らは米軍の対抗手段に応じて戦術をより巧妙なものとしていると警告してきた。水曜日、路肩爆弾により海兵14名が戦死したことはこの警告が真実であったこと、より米軍にとって危険となっていることをみせつけた。

米軍の戦死者は1800名を超え、イラクの3つのかけ離れた集団を一つに結びつける憲法が必要であることはさらに明らかとなった。暫定議会は国家基本法を起草中であり、来週には発表の見込みである。クルド人、スンニ派アラブ人、シーア派は、イスラム法の果たす役割や女性の権利といった基本的な問題をめぐり論議中である。

憲法により一歩前進することになる。が、8月15日を重要視すぎるのは誤りであろう。2003年12月のサダム・フセイン拘束、2004年6月の米占領側からイラク政府への主権移管、今年1月のイラク議会選挙といった変化をもたらすと期待されていた出来事でもイラクでの暴力を終わらせることはできなかった。

重要事項での合意、それに続く憲法の承認と年末の新たな国会選挙はイラク人にフセイン統治下では不可能であった、立法者が自分たちを代表しているという実感をもたらしうるだろう。そして、それにより米軍のみならずイラク市民をも殺害しているmilitantsへの支持を弱体化させうる。

この希望の一方で、今週は恐ろしい現実をみせた。水曜に戦死した軍人らは、月曜にも5名が戦死したオハイオ州の予備役部隊に属していた。彼らの死はBrook Parkに、現役部隊を抱える町、例えばキャンプペンドルトンといった軍の町がしばしば感じる悲しみをもたらした。

海兵14名は、シリアからの戦士が流入する経路であるイラク西部で、一台の兵員輸送車に乗っている最中に戦死した。

大型の路肩爆弾により25tの車両は転覆し炎上した。軍報道官Carter Ham准将によると、仕掛け爆弾による攻撃回数はここ数ヶ月減少している一方で、個々の仕掛け爆弾の威力は大きくなっている。新たな仕掛け爆弾は爆発範囲を集中させて装甲車両を貫徹できる可能性を上げている。

国連安全保障理事会は木曜に、イラクでの暴力を非難するとともに他の国家に対して戦士、兵器、テロリストへの資金が流れ込むのを阻止するよう求めた。これは内乱者との戦いで助けとなろう。

長期的には、より訓練された警察と兵が米軍を助け、そして徐々に米軍に代わること、また選挙による代議制の政府によりイラク人が家庭や町で安全と感じられること、そして周辺諸国に対してはイラクによる侵攻という脅威は過去のものであると納得させることが必要である。
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