SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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兵負傷の報道が滅多にない原因?
出典 observer reporter com
URL http://www.observer-reporter.com/285923175250537.bsp
原題 Jefferson soldier injured
日時 2005年8月26日
筆者 Cara Host
発信地 無し
内容 ジェファーソン出身のSBCT旅団のある兵士がモスル近郊にて狙撃により負傷し、目下フォートルイスの病院で治療を受けている。

以下全訳。
先週の金曜日、ジェファーソン出身の兵がモスル付近の戦闘で首を撃たれ負傷した。

Newellに住まう叔父のCarl Lamaによると、
陸軍の第25歩兵師団のストライカー旅団の一員であるDaniel Lama軍曹は部隊でパトロール中に狙撃で負傷したとのこと。

「酷い怪我だが、神の恵みで、生きております」とCarl叔父。「ほとんど奇跡のようなものです」

Daniel Lama軍曹は部隊の原屯地であるワシントン州フォートルイスの病院で治療を受け回復しつつある。叔父によると銃弾は主な動脈、脊椎を逸れたとのこと。

軍曹の両親であるDanielとConnieは、息子と面会するため向かっており、水曜と木曜には問い合わせに応じなかった。

Carl叔父は軍曹と電話で話し、甥は負傷に関わらず元気とのことである。

「甥を誇りに思う。私から見て、彼は英雄だ」と叔父。

軍曹は1999年にWaynesburg Central高校を卒業。昨年10月よりイラクに駐留し、今年3月には除隊予定であったが、軍により任期が延長されていた。

「甥は立派な青年だ。軍にはいることを義務と感じたのだろう」と叔父。

叔父は、先週の金曜の戦闘で他に死傷者があったかは知らないとのこと。

medical privacy lawsのため、陸軍は負傷した兵について詳細な情報を
明らかにすることは通常無い。
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