SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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ある広報記事
出典 DoD
URL http://www.defendamerica.mil/articles/aug2005/a082505la1.html
原題 Stryker Soldiers Secure Iraqi Neighborhoods
Whether on foot patrol, or from a Stryker, the Weapons Squad
checks out certain hot spots one neighborhood at a time
筆者 合州国陸軍 Jeremy D. Crisp特技兵
日時 2005年8月25日
発信地 モスル

訳注 添付写真のキャプション
一枚目
合州国陸軍Paul E. 'DoC' Hendershot特技兵、第21歩兵連隊第3大隊C中隊第3小隊武器分隊の衛生兵。2005年7月23日のパトロール中戦友が会話する間周囲を警戒している。Hendershot衛生兵の分隊はワシントン州フォートルイスの第25歩兵師団第1旅団SBCTに属す。Jeremy D. Crisp特技兵撮影。

二枚目
Benjamin G. Emery二等軍曹, Paul E. 'Doc' Hendershot特技兵、Kelekolio P. Paresa二等軍曹がモスル市街を2005年7月23日にパトロール。撮影は同上。

三枚目
Benjamin G. Emery二等軍曹、Casey G. Little一等兵が2005年7月23日のモスル市街でのパトロール中ストライカー軽装甲車の前を徒歩で進む。 撮影は同上。

武器、ボディアーマー、弾薬を満杯になるまで積み込んで、ストライカー装甲車で華氏120度の路上に繰り出した。笑いかけ、手を振り、住民との絆を繋ぎとめるために。また、彼らは捜索し、拘束し、押収もする。任務を達成するためならなんでも。

彼らは武器分隊、戦に鍛えられた一団の兵士、イラクを一度に一街区ずつ安全にするために努力している。

徒歩であれ、ストライカーの上からであれ、ワシントン州フォートルイスの第1ストライカー旅団戦闘団第21歩兵連隊第3大隊C中隊第3小隊武器分隊は、「判明している危険地点を調べる」ために地上でパトロールするのだと第3小隊の小隊軍曹Kelekolio P. Paresa二等軍曹は語る。

”(監視所は)よくやる”とParesa二等軍曹。”一帯を見張り、(路肩爆弾を)仕掛ける連中を捕まえるんです”

監視所を設けるのに加えて、兵は訪問捜索(knock and search)作戦も行い、近所で何か起きているか住民と話し合う。これは容疑者を捕らえる役に立つ。

”パトロールするときは、家に入って住民と話し一帯がどうなっているか把握するようにする”と分隊長のBenjamin G. Emery二等軍曹。”たいてい、誰か我々と話したい人を見つけることができ、何が起きているか、(反イラク勢力が)いるかいないか教えてくれる”

親切に振舞うことがこういった作戦では非常に役に立つとParesa小隊軍曹。

”下車して家に入ると、住民を落ち着かせるようにしている”とParesa軍曹。”住民は怯えているときもある。そこで握手したり、手を振ったり、挨拶したりする”

この真心の一手は禁制品や悪者を見つけるのに効がある。

”いろいろみつけた”とEmery分隊長(ニューハンプシャー州Laconia出身)。”大量の隠匿武器も発見したし、夜間に数え切れないほど任務をこなした。住民からの情報で悪者の場所が分かり、その家に行って、捜索し、探している当人ということを確認して拘束する。このやり方で大手を振っている悪人を沢山捕まえた”

武器分隊の兵らの仕事に手助けを受けている。イラク軍が分隊とともにパトロールを始めており、これは兵が10月に帰還するまで続く関係となる。

”(7月の早くに)イラク軍と一緒に初めて徒歩パトロールをした”とParesa小隊軍曹(ハワイのMauai出身軍歴12年の古参)。”彼らがある通りを担当し、我々はそれと平行に走る別の通りを進んだ”

”彼を手伝い、正しいやり方を実地に見せ、彼らが出来るになり、次第に自分たちだけでやるようになる”と小隊軍曹。

これには包囲捜索(cordon and search)作戦も含まれる。

最近のある内乱容疑者宅への強襲ではイラク軍が家屋に入り、武器分隊は周りを固めた。

”イラク軍が家屋内のことを全てやった”と夜明け前の強襲を振り返ってParesa小隊軍曹。”彼らが家屋を押さえた。もし助けが必要なときは、我々が入っていく。今は彼らが自信をつけて引き継げるようにしているところだ”

分隊はイラク軍がより仕事に関わる様にしているが、イラクの相棒の有無に関わらず不時の任務に備えている。分隊が素早く、いつでも火力と共に野外に繰り出すようにするのは、重装甲で敏捷な車両、ストライカーの仕事である。

ストライカー装甲車は14.5mm徹甲弾や152mm砲弾の炸裂に堪える。

分隊は定期的に仕掛け爆弾の洗礼を受けるが、この装甲とストライカー装甲車の回復力(resiliency)のおかげで兵らは戦闘し続けられると、分隊で一番の新顔のCasey G. Little一等兵は語る。

”ここに来たてのとき、自分たちもストライカーも試した”とLittle一等兵。”何度も攻撃を受けたが、装甲のおかげで最低限の損傷で済んだ。ストライカーの中にいるときはかなり安全だ。何か爆発してもさほど怖くない”

”ある車が仕掛け爆弾の攻撃を受けて、8つのタイヤ全部が吹き飛んだが、リムだけでその車は基地に戻ることが出来た”とLittle一等兵。”ストライカーに損傷を与えるのは難しい”

分隊の成功の一部はストライカーのおかげだとしても、兵が仲間内に築き上げた紐帯こそ、彼らの士気を保ち生き延びさせているものだととParesa小隊軍曹は語る。

全員が分隊の一員として昨年からイラクにおり、中には数年の間柄の者もいる。

分隊では絶え間なく話し声がし、仲の良い兄弟のようにじゃれあったり、冗談でかみ付き合ったりする。躊躇無く互いのために命を投げ出すのをいとわぬ紐帯である。

モスルのある暑い日の最後の任務に分隊は向かいつつ、彼らは帰国したら何を買うか、どんなに妻や女友達やフォートルイスの素晴らしい天候が懐かしいか話していた。だが目標に着くと、目下の任務に気分を切り替えて集中した。

”壁まで戻って寄せて遮蔽をくれ”とParea小隊軍曹が操縦手に叫ぶ。

後部ランプが降りた。”行け! 行け! 行け!”
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コメント
この記事へのコメント
訳しにくいところあり
ストライカー関係とイラク駐留関係の要素を過不足なく纏めている広報記事だと思います。
2005/08/27 (土) 11:41:03 | URL | 太郎 #-[ 編集]
武器分隊の定員は
分隊長1名と機銃班(M240B装備)2つ。各班は機銃手、機銃手助手(M4装備)、弾薬手(M4装備)の3名。従って全7名。
 写真でも記事でも7名全員は
出てきません。
2005/08/27 (土) 11:46:39 | URL | 太郎 #-[ 編集]
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