SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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モスルでの仕事 工兵軍団勤務者の経験
出典 Quad-Cities online
URL http://qconline.com/archives/qco/sections.cgi?prcss=display&id=255183
原題 Geneseo couple reflects on 4 months in Iraq
日時 2005年8月28日
筆者 Lisa Hammer
発信地 無し
内容 以下全訳

Geneseoに住まうRandy氏とJudyさんのWalter夫妻はイラクでの2回目の任期4ヶ月間を終えて最近帰国した。今回はイラク第2の都市モスルが任地だった。
(訳注 イラク国内各都市の人口についてはこちらを参照のこと
http://www.globalsecurity.org/military/world/iraq/city.htm)

夫妻は公僕で、一日12時間週7日間働いた。迫撃砲による攻撃が始終有りトレーラーの窓は砂嚢が詰められていた。10日間、7マイル離れて別々に仕事したこともあった。会う為に移動するのが危険だったためである。

今回の任期では2004年早くにバグダッドで働いたときよりも自動車爆弾は多かったとのこと。陸軍基地の外での移動には、4両車列、ストライカー装甲車かブラックホークヘリの護衛が必要だった。

それでも、陸軍工兵軍団(the Army Corps of Engineers)に勤める夫妻は4月1日から8月初めまでの、イラク再建のための任期を楽しんだとのこと。

”非常にお勧めします”とWalter氏。”彼らには人手が必要です。私はまた行くとしても躊躇わない”

彼らの任期の間に、工兵軍団モスル支局(office in Mosul)(湾岸地域/北部支部の下)は学校79校、病院と診療所あわせて2箇所、5,6の水道計画、それにWalter氏が携わるはずだった航空管制塔の再生を進めた。

夫妻によると、モスルはバグダッドより涼しいし安全だとのこと。Walters夫人によると迫撃砲の砲撃はあるものの、バグダッドより安全だとのことである。

Walters氏は流血が増し、警戒を引き揚げたため、直接イラク人契約業者と働くかわりにコンピューターの前で仕事時間の大部を過ごしたのにはがっかりしたとのことである。

”以前会ったイラク人らと会うのを楽しみにしていたが、会えなかった”、”(訳補 会えたのは)大半がトルコ人で、彼らも良い人々だが、イラク人とは違う”

”ファルージャを(訳補 米軍が)攻撃したので、内乱者全員がモスルに来たに違いないと思う。私に分かるのはそれだけだ。が、彼ら(イラク人)は酷い環境でも沢山の仕事をやり遂げている”

Walters氏によると、建材を手に入れるのが困難だったとのことである。毎日のようにトルコやクウェートから9マイル長の車列で建材が運ばれてくる、そして全車両がX線で検査を受けねばならなかったそうである。

”問題は危険ということだ”とWalters氏。”建築業者の代表と技術者は基本的には外に仕事に出れない”

航空管制塔の計画が遅れたのは塔の予定地点と滑走路との距離が短すぎるためであった。塔の基礎に(訳補 コンクリが)やっと流し込まれたのは7月24日か25日であった。

それまでの間、Walters氏は水道計画に携わった。

イラク人(現地で働くトルコ人にとってすら)アメリカ人と働いていると知られると危険なので、建設前の会議は北のクルド人自治区(Kurdish territory)で開かれた。

現場下見は数回のみで、手早く”通りすがりに”見る(イラクの宗教休日で、人々が休みの金曜日に)だけだった。定期連絡はインターネットで別名にて行った。これは普通の地元民はコンピュータを持たず、一般のインターネットカフェを用いためである。

Walters氏によると、工兵軍団は建設現場に行くときは警護役としてクルド人兵を雇ったとのことだ。”CIAみたいに聞こえるだろ”

彼らの任期中、Walters氏のもとで建設作業を監督していたイラク人技術者が自爆攻撃により殺害された。彼は仕事にインターネットカフェを使っており、イラク内乱側が彼がアメリカ人と働いていることを割り出したようだ。

”彼が殺された日、彼は友人を連れてくることにした。そして友人も殺されてしまった”とWalters氏。

”彼らを守るために全力を尽くした”とWalters夫人は言う。

夫人の仕事には契約業者への支払いもあり、これは数段の手順があった。これは米国との結びつきを辿られないようにするためである。

Walters夫人によると、バグダッドの小さいGreen Zoneでは、米人は防弾ベスト(military vest)とヘルメットを外出の度に着ける。また、帰国時に作業靴3足をイラク人に譲ったとのことである。

"彼らは一生懸命に働くし沢山は持っていないから”と夫人。

Walters夫人はあるイラク人技術者が米人が居てくれて嬉しい、なぜならイラク人だけでは再建できないからと話したのを思い出す。

”私が思うにモスルに行ったのは正しい決断だった”とWalters氏。”恐ろしい選択だったが、バグダッドと比べると北では進んでいると思う、バグダッドでは何もかも吹き飛ばされる”

氏はすぐにも良くなるとは思っていない。”私は一個人に過ぎないし、いつかは平和になるとは想像できない”(I'm just one person, but I can't imagine that it's ever going to be peaceful."

Walters夫人はイラクには良い人も多いが、”悪い”連中もまた多いという。

それでも、夫人はいつかイラクへ行くことを考えるとのこと。”人々は本当に素晴らしい。それで引き寄せられるのです”
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