SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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従軍牧師の経験談
出典 roanoke com
URL http://www.roanoke.com/extra%5C30909.html
原題 War and peace
Army National Guard chaplain Edward Barnett trades his camouflage for a robe as pastor of Greene Memorial
日時 2005年8月28日
筆者 Annie Braun
発信地 無し
内容 第276工兵大隊(ヴァージニア州兵)の従軍牧師としてモスルや
タルアファルで活動した経験談
・昨年12月21日の食堂テントへの自爆攻撃を目撃
・今年1月8日には仕掛け爆弾攻撃を受ける

牧師とおよそ24名の兵は車列で北部イラクのシリア国境付近の町タルアファルへ行き、児童に文具とサッカーボールを配布した。

モスルへ戻る出発前にBarnett牧師はいつものように兵らを導いて祈りを捧げた。

”従軍牧師の特別な点です。切迫した危険となりうるところへ行くわけですから”と牧師。

タルアファルの郊外で、仕掛け爆弾が爆発しBarnett牧師の乗っていたハマーに命中した。

”あまりにも突然に起きました”と牧師。”腕を上げて見るのを躊躇いました。破片が刺さっていると思ったからです”

弾片16個が牧師のハマーのドアに命中し、窓を砕いていた。幸運にも、装甲ハマーだった。そうでなければ牧師も同乗していた者も助からなかったかもしれない。

車列は速度をあげ、次の爆発を避けようと路上を走り続けた。ハマーの前輪がリムだけになるまで運転手は走った。そこで車列は動けなくなった。

攻撃を受けたハマーから脱出した後で、牧師は思い出して、所持品を取るためにChris Doss大尉と20ヤード戻った。建物に囲まれており、牧師も他の兵らもさらなる攻撃がある場合、危険だと感じていた。牧師はジュネーブ協定により非武装を求められている。非常に長い時間に思えた歩く間、Doss大尉は牧師に”あなたを守ります、牧師さん”と言った。

”大尉は私のために生命を危険に晒す覚悟だった”と牧師。

数分後、アパッチ2機が飛来し航空支援し、兵らは動けなくなったハマーを他車に連結、牽引して帰路を辿った。
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