SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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ズムウォルト夫人亡くなる
出典 Washington Post
URL http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/08/27/AR2005082701072.html
原題 Mouza Zumwalt, 83, Dies; Admiral's Wife, Fundraiser
日時 2005年8月28日
筆者 Yvonne Shinhoster Lamb
発信地 無し
内容 Mouza Coutelais-du-Roche Zumwaltさんが鬱血性心不全のため83歳で亡くなる。2000年に逝去したElmo Zumwalt提督の夫人。海軍での差別をなくすため尽力。

経歴 
満州ハルビンにMouza Coutelais-du-Rocheとして出生
父はフランス人実業家 母はロシア人。両親は共産革命によりシベリアから
逃れハルビンの白露人社会に落ち着いていた。
1932年 日本が満州侵攻時10歳。
1940年 高卒後母のガン手術で北京へ。その後上海へ親戚を頼っていく
母逝去後、日本は上海を出ることを許さず。ハルビンの父と二度とあうことはなかった。
1945年10月 22歳のとき夫となる海軍士官とおじの家の夕食会で出会う。
当時は英語を話せず、夫はロシア語を話せなかった。3週間で求婚を受ける。
3ヵ月後 リバティシップでシアトルへ 後にカリフォルニア州 Tulare
にある夫の実家に住まう。
ワシントン近郊を出たり入ったりし、1955年にAnnandaleに居を構える。
冷戦期、ことにマッカーシーズムの時期にはロシアの出自ゆえ差別を受ける。
1971年 USS Brewtonを命名
1983年 子息のElmo R. Zumwalt IIIがリンパ腫に掛かっていることが判明。ベトナム戦争で高速艇を指揮していたときにagent orengeを浴びたのが原因とされる。撒布を命じたのは父。

以下の基金の設立に関わる
the Marrow Foundation
 National Marrow Donor Program(骨髄提供)のための基金
The Mouza Zumwalt Good Deed Fund 移植を受ける自営業者支援の基金
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