SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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タルアファルにてSarai地区を鉄条網で囲む
出典 washingtonpost.com
URLhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/09/04/AR2005090401329_pf.html
日時 2005年9月5日
原題 U.S. Troops Cordon Part of Iraqi Town To Trap Insurgents
Rebels Have Fled Undetected in the Past
筆者 Jonathan Finer 同紙外報部
発信地 イラク タルアファル 9月4日
内容 
月のない夜の帳の中、米兵は日曜にほぼ1マイル長の鉄条網を内乱側が対決せずに逃げ出すのを防ぐため内乱者が支配する地区の北端に張り巡らした。

以下全訳

5名や6名の兵からなる小さなチームが幾つかで素早く鉄条網を広げ無人の主要道の両側歩道に結びつけた。この包囲は内乱側が日曜の激しい戦闘で市を逃げた何百という人々に溶け込むのを防ぐためである。

”考えとしては内乱側をSaraiに閉じ込めて南の検問所へと向かわせるということだ”と陸軍第3機甲騎兵連隊長H.R.McMaster大佐。同地区は米軍のみるところ市内での多くの攻撃の発起点となっている。”彼らに抜け出させるつもりはない”

5千名以上の米兵及びイラク兵が金曜日にタルアファルに入り、大規模な内乱者掃討をしている。内乱者はこの北部の都市に昨年9月、米軍が前回侵攻してその後撤退して以来蟠踞してきた。3日間の戦闘で200名もの内乱者が殺害されたとMcMaster連隊長。米兵2名とイラク兵4名が負傷したが、重傷はいない。

イラク北部で活動する内乱者の経由点でも補給拠点でもあるとされるタルアファルに対する攻撃は、昨年11月のファルージャに対する攻撃以来イラクの都市に対する最大の攻撃である。指揮官はおそらく内乱者数百名がタルアファルにいると考えているが、正確な数字は知らないことを認めている。ファルージャでは立て篭もる内乱者が前進する米軍と戦闘したが、これを除くとイラクの都市への攻撃では微弱な抵抗があるのみで、内乱側は周辺地域へ逃亡するか住民に溶け込んでしまっていた。

タルアファルでは兵はSarai地区に対して全包囲から迫ることでこれが起こるのを避けられるとみていると指揮官らは言う。侵攻の数週間前に、部隊は市へ至る道路に検問所を設け、車両が出られないように市の周囲に80マイル長の堤を築いて囲んだ。

今週500名が米軍が配置についている検問所を通過して市から出ようとした。McMaster連隊長によると誘拐と住民複数を最近首切り殺害した容疑の男性少なくとも一人が子供達とともに市を出ようとしたところを拘束されたとのことである。兵らが子供らに聞くと、その男性は見知らぬ他人だが、脅されて一緒にいると話したのである。

タルアファルは日曜日、銃撃と爆発の不協和音で満たされた。侵攻開始後最も戦闘の激しかった日であった。兵は組織的に家屋を捜索し住民を問い質し、しばしば小火器の射撃を受けつつ家から家へ移動したり、屋上から置く表へと飛び移った。た。

銃撃の多くは、市を分断する一連の溝状の深い谷間からだった。谷間は路面から40フィートも下にあり、内乱者は武器を隠匿し見つからずに移動したりできる。兵らは谷間で爆発物の大きな隠匿場所を発見してからは兵役年齢の男性が谷間に下りていくのを見かけたら警告射撃を撃つようになった。

”地形および建物同士が密接していることで、戦闘するには複雑な地形だ”とオハイオ州Chillicothe出身26歳のNoah Hanners大尉、第3機甲騎兵連隊第2大隊Eagle中隊Blue小隊長は語る。同小隊は中心街から北東の谷間縁の建物数軒を日曜に掃討した。

午前9時からわずかばかり過ぎたとき、Hanner大尉の小隊は大きな石組みの二階建て建物の玄関を大ハンマーで打ち壊した。紫のabaya、全身を覆うマントをまとった女性が赤ん坊を抱えて兵らにかけよって、”既に夫は亡くなり、おまえたちは私の家を壊している”と叫んだ。

通りで銃撃が響くと、女性は胸に赤ん坊を抱き寄せた。一連の爆発が近くなると、彼女は座り込み、赤ん坊を揺らし泣き始めた。

”うん、これは近い。とても近くだ”と爆発が窓を揺らすとバッファロー出身20歳のHector Rodriguez上等兵(pfc.)。

兵は屋上で射撃配置につくため急いだ。

小隊無線で”狙撃を受けている”と声がした。


”どこからだ”と誰かが応じる。誰もわからない。隣の屋上から小隊機関銃手が短連射(staccato bursts)を谷間に撃ち始めた。

”撃っているの誰だ”とHanners小隊長は無線で聞く。

”BlueのSAWチームです、南に発砲炎が見えました”と応答。

無線で知らせが入った。陸軍で働いているタルアファルの住民が通りの向いの家屋で武器商人を見つけたというのだ。兵は赤ん坊を抱いた女性に門の修理代として近傍の軍基地で換金できる小切手300ドルを渡した。この小切手は近傍の軍基地で換金できる。そして隣へと急いだ。

彼らがその家に着いたころには、既に武器商人の容疑者と別の男性2名は小隊の他の者が手錠、目隠しをし終えていた。

”これは私の甥だ。かれはここに住んでいない”と男性が連行されるわきで、その家の女性は言った。

”彼は確認ずみだ。武器を売った報いだ”とある兵。

兵らは街区の最後の一軒まで続けた。9人家族を居間に集めて所持品を捜索した。銀食器の入った引き出しが床に落ち、子供達は驚愕した。

”私は怯えている、私たち皆が怯えている、どうしたらいいんだ”と、部隊に同行した軍通訳によると、40歳の電気技師である一家の父のShimsdain Muhammedは言った。Muhammedは子供達に手を振り微笑ませた。兵らは親身に応じた。”出て行けとは言えないから、できる限りのことをするんだ”

突然、外で爆発があり家の窓が割れ、悲鳴があがり混乱が生じた。通りすがりざまに米軍のM1A1エイブラムス戦車が主砲を谷間に向けて撃ったと分かった。

”あまりのことだった”と後ほど友人に話を語ってある兵。

タルアファルの他所で日曜に、イラク陸軍は中心街の南のある家屋から人質35名を解放したとのこと陸軍第3師団長Khorsheed Salim少将。同師団はこの作戦に大いに参加している。

市西部で兵らは爆発物が仕掛けられた実験室を発見したと第3機甲騎兵連隊長のMcMaster大佐。実験室は入室した兵らの喉と目に刺激を与えた化学物質があった。陸軍ではその成分を解明しようとしている。

[月曜早く、10台の車に乗った者30名がイラク内務省に銃撃をし、警官2名を殺害し、5名が負傷したとロイターが報道]

内務省関係者によると攻撃してきた者はRPG、迫撃砲、自動小銃を用いたとのこと。
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