SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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タルアファル包囲作戦 内乱者は逃走か
出典 Washington Post
URL http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/09/10/AR2005091001308.html
原題 U.S. Troops Sweep Into Empty Insurgent Haven in Iraq
Rebels Apparently Fled City as Word Of Invasion Spread
日時 2005年9月11日
筆者 Jonathan Finer 同紙外報部
発信地 イラク タルアファル 9月10日
内容 タルアファルSarai地区への攻撃では抵抗無し。家屋捜索で遺体少数が発見される描写あり。
・内乱者は他へ逃走した模様。
・イラク国防相の作戦発表では今後の目標となりうる都市としてQaim、Rawah、SamarraとRamadiが挙げられる。

以下全訳
イラク軍が午前7時少し過ぎに攻撃を開始した瞬間、弾が飛び始めた。銃声が内乱者が支配するSarai地区の数世紀の年代の石造り建造物に反響する。機銃の連射、轟音を放つ戦車砲弾、絶え間ないAK-47の発砲音がほぼ1時間も続いた。

が、盛大な射撃は一方向からのみ放たれているだけだった。

”これまでのところ、イラク陸軍は敵との接触無しと報告している”との言葉が無線で初弾が放たれてから45分後、強襲に参加すべく待機中の米軍部隊に流れた。

米軍がその多くがクルドのペシュメルガ民兵からなるイラク軍大隊が主導する攻撃への支援という珍しい役割でSarai地区に入る頃には、ひしめき合う建造物と装甲車両には狭すぎる路地という迷宮のような地区は薄気味悪くも人の気配が無かった。、

攻勢が差し迫っているとの言が広がり、また連日続いた激しい航空攻撃の中で、内乱者は住民ほぼ全員と共に逃げおおせてしまった。20街区ほどを半径とする中のほぼ全ての建物には銃弾で孔が穿たれ、夜に空から投下される大型爆弾(heavy explosives)の爆発により多くの建物には特徴的な穴が吹き飛んでできていた。見つかった遺体はわずかだった。

タルアファル市の5千名を超える米軍及びイラク軍にとって、土曜は期待はずれの結果だった。シリア国境から40マイルのこの北西部の都市における8日間の対内乱作戦はSarai地区での内乱勢力との対決を予期して組み立てられていた。

”とても残念だ。悪党を捕まえて殺すために来たが、ほとんど見ることは無かった”とイラク陸軍伍長でIrbil出身のSalar Omar。”我々が捕まえた一人は、多くの者は他の都市に逃げたと言っていた”

指揮官らは比較的抵抗が無かったことは作戦の成功の印であり、推定で少なくとも550名の内乱者が殺害或いは拘束されたと公言する。殺害または拘束した内乱者の大多数はイラク人であり、その中には当地で米軍が突き止めた10の最重要目標のうち6が含まれていた。米兵1名とイラク兵5名が戦死した。

”今日私たちが目にしているものは、我々が先週までタルアファルで行っていた対内乱と治安作戦の成果だと思う”と第3機甲騎兵連隊長であるH.R.McMaster大佐。”敵は遁走することに決めた。彼らには殲滅されつつあることが分かっていたのだ”

米側およびイラク側関係者が長らく内乱者がイラク北部で攻撃を仕掛けるための戦略拠点とみなしてきたタルアファルでの作戦は今後も続くと、当地の指揮官らは語る。20万人以上の人口のこの都市は内乱による流血とスンニ派とシーア派部族間での衝突に苦しめられてきた。1年前の9月に米軍が市から内乱者を駆逐したがこの地域での米軍戦力が僅か約500名となったとき内乱者が戻ってきてしまった。今回の作戦に参加した総兵力数はMcMaster大佐によると8500名である。

戦闘せずに、内乱者は隣のAnbar州での対内乱攻勢に対して用いられている戦術を繰り返した。Anbar州では海兵隊が内乱側の一連の牙城に侵攻しているが、内乱者は他に移ったり市民の中に隠れたりしてほとんど抵抗にあっていない。

土曜にバグダッドでは、イラク政府内閣の大臣3名が目下の事態について記者会見を開いた。国防相Sadoun Dulaimiは記者らに他の都市もまのなくタルアファルのように攻撃をうけるだろうと述べた。

”Qaim、Rawah、SamarraおよびRamadiの皆に伝えます。我々はゆきます、そしてテロリストにとって隠れ場所は一切無いのです”と国防相。

ここのところ、米軍およびイラク軍は市全域で活動していたが、戦闘が最も激しいとの予想でSarai地区に集中した。1000名を少し上回る兵力のある米軍大隊では攻撃中、一日およそ10名の損害を見積もっていた。攻撃の前夜、指揮官は一帯の航空写真をじっくり判読していた。Sarai地区は非常に建造物が密でほとんど区別が付け難く、攻撃経路を描くのは容易でなかった。

”想像しうる限り戦闘には最悪の都市地形だ”と第3機甲騎兵連隊第2大隊Eagle中隊長であるAlan Blackburn大尉は部下の小隊長らに負傷兵の処置方法や大量の民間人死者の扱いなどの質問を浴びせ掛ける中でそう話した。

Blackburn大尉の情報によるとSarai地区に残るのは内乱者は75名から100名、および米軍がラウドスピーカーで頻繁に脱出する様勧めたにもかかわらず500名もの民間人であった。

Sarai地区南端の建物屋上で寝ていた兵らは午前1時30分、地上発射ロケットの大音響で目を覚ました。この作戦で同地区に向けて撃たれた地上発射ロケット9発のうちの1発であった。同様にアパッチヘリからへルファイアミサイル20発、2.75インチロケット弾20発、AC-130スペクター対地掃射機から105mm砲弾22発が放たれた。戦車も定期的に同地区に主砲弾を撃った。

”自分があそこにいてこういうのが飛んでくると想像してくれ”とSarai地区からわきあがる噴煙をみつつメリーランド州Frederick出身19歳のPatrick Hewit上等兵。”神よ、二度とごめんですってなるだろ”

午前5時に、米軍はSarai地区端の銃弾で孔だらけとなった高校(high school)に集結し、攻撃が開始されるのを待った。3時間後、イラク軍の猛射撃が続く中、Noah Hanners大尉は率いるBlue小隊をSarai地区に入れて内乱者あるいはその活動の証拠を求めて家屋捜索を開始した。

兵らは広い通りの両側を素早く歩き、ハリウッド映画の戦闘地帯としても通用するようなところへ入った。爆発で吹き飛んで屋根の無い建物、黒焦げの車両、なかには未だにくすぶっているものもある、割れたガラスが通りに散乱している。兵らはあらゆる大きさと形の空薬莢を踏み越えた。

この破壊のありさまはどれが最近でどれが数ヶ月或いは長年にわたって修理されないままとなっているか判然としない。

兵らは疑わしい物件を収集し、マジックでラベルを書き、ゴミ袋に入れた。ある家屋では伏撃の手順と爆発物製造法を図表で示した教本、別な家屋ではモロトフカクテル3本、あるモスクでは天井に3つ大きな穴が開いており、ヘルファイアミサイルの弾片が床の瓦礫に混じり、横の部屋には手榴弾があった。

彼らはコンピュータ用ディスクとビデオ操作用コントローラーを結線を取り除いて押収した。これらは路肩爆弾の起爆スイッチになりうるのである。そして、水用ドラム缶や穀物の入った籠を長い棒で突いて武器を探した。

ある家の小部屋では、最近亡くなった遺体が悪臭を放っており、近づく兵は口を覆った。数街区先にも別の遺体があり、顔面のほとんどが失せていた。生活の痕跡も残っていた。半分食べかけの米飯が入った椀、乱れたベッドなど。

が、Hanner大尉の小隊が捜索したおよそ20の家屋、その多くは古くからのものらしく、床の間取りは非対称で、石壁は傾きドアは小さかったが、打ち捨てられていた。

”ほとんど抵抗を受けなかったということは作戦が功を奏しているということだ”とHanner大尉。”この地区では、撃たれずに5分間もいられるなど普通は無かった”

McMaster連隊長はタルアファルの再建は攻勢作戦の完了後すぐに開始されると語り、市は二度と内乱者の手に戻らぬと主張した。既に米ドルで240万ドルが基盤事業に配分されているが、流血のため、軍はこれまで契約業者にタルアファルでの作業をする様説得できないでいた。

”彼らはこの町が失敗することを望んでいる。彼らはイラクが失敗することを望んでいる”とMcMaster大佐は内乱者について語る。”が、優先順位第1位がこの作戦により叶えられる、それはテロリストを打倒し再建を妨害できなくなるということだ”

バグダッドでは土曜日に、Ibrahim Jafari首相がシリアとのイラク北部国境検問所の閉鎖を命じた。これは隣国が外国人戦士の越境を止める努力を十分にしていないとの不満の上でのことである。命令はイラクのTVで内務相Bayan Jabrが読み上げたもので、内務省から特別の許可を得た車両を除く全交通に対して国境を閉鎖し、地区では日没から夜明けまでの外出禁止令を敷くという内容。

Jabr内務相はさらなる発表があるまで閉鎖は続くと述べた。

その一方でバグダッドの南方およそ30マイルで警察が手錠され銃撃されて死亡した遺体18体をIskandariyahで発見した。同町ではシーア派とスンニ派双方の殺人部隊(death squads)による復讐殺人が高じ、数十名が殺害されたことが報じられている。

バグダッド国際空港は土曜早くに政府と英国警備会社との支払い問題による一日間の閉鎖後再開。
Global Strategies Groupは政府が会社側の主張する代金の半額を支払うことを約束したことで警備作業の再開に同意したと述べた。
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2011/07/19 (火) 15:23:08 | URL | ivnvaenyge #-[ 編集]
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2011/07/25 (月) 13:42:17 | URL | Cassell #-[ 編集]
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