SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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11月19日の戦闘の続報
出典 fairbanks daily news miner
URL http://www.news-miner.com/Stories/0,1413,113~7244~3146639,00.html
原題 Wounded Stryker soldier recuperates
日時 2005年11月28日
筆者 MARGARET FRIEDENAUER, Staff Writer
発信地 不明
掲載紙面 不明
内容 
第172ストライカー旅団戦闘団(the 172nd Stryker Combat Team)の兵が先週イラクでの戦闘で負傷したが回復の途上にある。

以下全訳
奥さんのMaxine Barreraによると、夫のMike Barrera二等軍曹(Staff Sgt.)はモスルで11月19日に内乱者との銃撃戦で銃創を5箇所に負った。この戦闘でBarrera軍曹を含む米兵10名程度(about a dozen)が負傷し、Christopher Alcozer二等兵(Pvt.)が戦死した。

Maxineさんは主人から直接負傷したという知らせを受けた。

「Mikeが電話してきて知らせてくれた」と奥さん。
「こんな感じだった、”私は大丈夫だ、大丈夫だったけど、今日、ちょっと事があって撃たれたんだ”」

Maxineさんによると夫のMikeさんは右手2箇所、右上腕に1箇所、左手1箇所、胸1箇所を撃たれたとの事。

「暫くの間は本当に心配でした」と奥さん。「でも主人は落ち着いてるようで私を元気付けてくれました」

主人が大丈夫だと納得すると他の兵士とその家族のことが気がかりになった。

「私たちのグループはとても仲がいいんです」と彼女。
「男同士ばかりでなく妻同士でもです」

夫妻は日曜の午後アイルソン(Eielson)航空基地で再会した。Maxineさんによると、軍曹はフェアバンクスで療養するフォートウェインライトの負傷兵を降ろすためアイルソンに来る飛行機に乗ってくる予定となっているそうだ。Maxineさんは主人と飛行機の中で再会してワシントンフォートルイスのMadigan Army Medical Centerに二人とも行き、そこでBarreraさんの治療を続ける事になる。

第1歩兵連隊第2大隊長のChuck Webster中佐によると、Barrera二等軍曹らが負傷した戦闘は、モスルのある三階建ての家屋をストライカー小隊の兵およそ15名が攻撃したことで始まった。この家屋は爆弾の製造現場であることが判明した。当初の攻撃で、小隊は予想外の激しい抵抗にあい、兵数名が負傷した。

Webster大隊長は火曜午前のアラスカの記者との遠隔記者会見(teleconference)で、当初のストライカー小隊に後詰の2個部隊(backups)を含めると米兵およそ150名とイラク兵35名が戦闘に参加したと語った。

Maxineさんによると夫はドイツで手術を受け、今後もさらに形成外科手術を受けることになりそうだ。

この戦闘で負傷した兵全員は完全に回復する見込みである。

陸軍は負傷した兵の氏名を公表していない。が、兵或いはその家族は負傷について報道機関に話すことを選ぶ事ができる。

Maxineさんによると、軍曹は1999年に陸軍に入隊。フォートウェインライトには2年半ほどまえに赴任し、これまでずっとフェアバンクスで人生を過ごしてきたMaxineさんと出会い、昨年結婚した。

彼女の主人の負傷は生命を左右するものではないが、ワシントン州での治療にどの程度時間が掛かるのか、またクリスマスにワイオミング州にいる主人の両親のところへ行けるほど良くなるのかなどは分からないとのことである。

「待ったり、戸惑ったりしてばかりです」とMaxineさん。
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