SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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1969会計年度陸軍省年度史要約
出典 CMH 
原題 Department of the Army Historical Summary: FY 1969
表題 陸軍省会計年度毎史 1969会計年度

I.序論

1969会計年度における陸軍に関する事項で支配的なものはベトナム戦争であり続けているが、年度末月になって太平洋のミッドウェー島でRichard M. Nixon大統領とベトナム共和国大統領Nguyen Van Thieu大統領が会談は紛争の一里塚をなすものであり、6月8日に1969年8月末までに2万5千人の米兵が戦域から撤退することを公表した。

米軍の初の撤退は、ベトナム共和国軍を武装、装備させ訓練して、戦場でより大きな役割を引き継がせようという米国の多大な努力により可能となったものである。撤退する部隊には陸軍とその他の軍種の部隊が含まれ、戦闘部隊が中心でありおよそ1個師団戦力である。最初に撤退する主要な陸軍部隊は第9歩兵師団の2個旅団である。

この削減まで、年間を通じてベトナムに置ける戦力は比較的安定しており陸軍人員150万名のうちおよそ35万人であった。部隊展開もまた安定的であり、陸軍の師団相当戦力19と2/3個(番号の振られた師団18個と、1個と2/3個師団に相当する独立旅団5個)のうち8個と1/3個がなおも戦闘戦域にある。

年間を通じての活発で比較的持続する作戦により死傷者は多数であった。12ヶ月の期間で米兵の戦死者は11338名、うち7653名が陸軍であった。同期間の米兵の敵対行動による負傷者は77391名、うち53034名は陸軍であり、陸軍の負傷者のうち3万名以上は病院での治療を必要とせず任務に復帰している。1969年3月末日に米兵の戦死者は朝鮮戦争での戦死者数33629名を超えた。かくてベトナム戦争は我々の歴史において南北戦争と二度の世界大戦に次いで4番目に犠牲の大きなものとなった。我々の関与の全期間、1961年1月から1969年6月までで、敵対行動の結果、米兵の戦死者は36954名、負傷者は237024名である。

1969会計年度において、陸軍は朝鮮戦争以来最大の人員数に達し、第2次世界大戦以来最大の予算で活動した。毎月平均3万名が訓練を受けてベトナムへ送られ、海外での必要による不安定な状況にもかかわらず欧州と韓国に相当の部隊が維持され、合州国には戦略予備が即応態勢で保たれた。

この達成を詳らかにするのは1969会計年度における陸軍人員の状況である。陸軍の男女150万名以上のうちおよそ70万名が海外勤務であり、その多くは短期勤務地域においてである。ベトナムの35万名はほぼ完全な交替が必要である。合州国にいる陸軍人員およそ80万名は丸々交替要員とすることはできない。19万7千名は訓練生であり配置するには準備が不足している。問題は世界規模で階級と技能を調整し、10個と1/3個師団相当戦力の短期勤務地域と9個と1/3個師団相当戦力の長期勤務地域でも平等に短期勤務や長期勤務日程を管理することである。釣り合いを維持し、安定性をもたらし、即応を確実とし、平等を保つのが難しいことは容易に明らかである。もっともなことだが、多大な要求は、即応の悪化、技能配分の不釣合い、非自発的な人員配置、交替パターンの乱れにある程度繋がっている。とはいえ、いかなる国家のいかなる軍においても同様の組織を作ったことも、このような多大な要求を処理したこともほぼありえない。これは陸軍全体にわたる各階梯における効率的かつ効果的な管理と統制の賜物として成し遂げられたのである。

軍事管理は近年ますます正式的、技術的、一般的となった。陸軍は管理の分野における新技術、技法を生かして、決断を下す者や実行する者が現代に於ける軍隊管理に必要とされる包括的で正確で時宜に適った情報を確実に持てるようにしている。過去数年にわたり、陸軍の管理手順と統制は強化され、管理組織パターンは単純化され整理され、コンピューターの使用が広まり、新しい管理システムと技術が導入され、部門スタッフの最上階梯に全体管理が集約された。昨年には、the Computer Systems Commandが設立されて自動データ処理に関する作業を統合し陸軍の世界規模の需要に確実に応じるようになった。1968年秋にThe Army Authorization Documents Systemが完成し、1967年半ばから運用しているthe Force Accounting System下の2万の部隊毎の装備および人事要求を記録するデータバンクとなった。管理におけるこれら全ての革新と改良により陸軍はアジアで戦争し、国内で騒擾に対処し、潜在的な将来の必要に対し弾道弾防衛システムを開発するといった多様な国家への責務に効率的に応じることができるようになった。

これらの責務に繋がる問題には軍事管理の範疇を超えて軍事統制の領域に及ぶものもあり、また同時に軍事作戦にも広範な影響を及ぼしている。ベトナム戦争、公民権運動、兵器開発は他の機関やアメリカ社会の活動と同様に陸軍にとっても関心を寄せる社会不安をもたらした。擾乱は仲には革新的なものもあり、中には革命的なものもあったが、不同意や抵抗から不服従や対決へと及び、それら全ては軍事的関心、責務、活動に関係した。

アメリカのベトナム戦争参戦は領土への脅威というよりは理念的な前提に基づいたものであり、選択人員徴集と部分的動員のみを必要としたが、徴兵過程は徴兵忌避やカード焼き捨てにより損なわれている。カナダ内の逃走者集団、時折衆前での公文書破壊、兵募集活動を妨害しようとする企ては広く報じられており、また幾つかの反戦集団や個人による軍内での不同意や少数の不同意者のスウェーデンへの逃走もそれと並んで報じられている。不可避的に、これらの活動は人員調達、効率的な戦力形成、戦場の内外共における士気維持に影響している。全志願陸軍を送出することでこれらの問題は消し去ることができるという意見がある。全志願軍が実現可能か、達成可能かを陸軍も大統領の委員も研究中である。

予備将校訓練団計画(the Reserve Officers' Training Corps program)に対する大学構内で最近起きている反対にも陸軍は関心を持っている。現役陸軍への任官将校の主要源であるROTC計画により1969会計年度において1万6千名の士官が産み出された。この計画の重要性は二三の例で明らかである。年度のある時点で陸軍現役将官155名がROTC候補生から職歴を開始した者である。また年度のある時点ではベトナムにおける副司令官、軍司令官の双方、師団長5名がROTCによる任官であった。また陸軍の副参謀長補とパリの交渉団の軍事主顧問も同じくROTC任官である。今日軍務の範疇は広範であり、ROTC計画は教育を受けた国内のあらゆる背景と地域の米人が大学に入学するのを可能とし、機関にとってもその仕える国家にとっても明白な利益となっている。ROTC計画が継続されることは明らかに国益に適う。

公民権運動の進展と兵器開発も社会的、政治的、軍事的な考慮を含む国家的な関心であり、陸軍は大きく関与している。公民権については軍はあらゆる人員に対する平等な待遇と機会において長らく基準を定めてきており、国内において戦場における人種間の称えるべき協立に伍するにはまだ先がながいものの、進展はしつつある。昨年、少数派集団に対する営外住居について機会を平等とする活動計画において著しい進展があった。

陸軍の全ての努力がこのように生産的ではあったわけではない。不幸なことには、さらなる公民権の進展への希求が、その最も先鋭な形として、市中騒擾となり、行政機関を支援して部隊を用いることや、緊急事態に対処する組織編制や計画の開発、部隊が暴動鎮圧する訓練を行う機関、必要に応じた緊急装備の地域配備、その他の目的からの軍人員と予算の転用が必要となった。必要がある限り(かつ我々の歴史を通じて様々なときに様々な理由でそうであった)、陸軍は市中騒擾を鎮圧するよう備えなければならない。

現代において、戦略兵器の開発は、攻撃兵器であれ防御兵器であれ、国家防衛、力の国際均衡、最新鋭、予算の調達可能性、国家の優先順位、議会と大衆双方の合意といったことを考慮に影響される。あらゆる人間活動の分野と同様に、このような高度に技術的で複雑な領域に関係する社会的、政治的、軍事的要素が完全に合意することはほぼありえない。国家の対弾道弾システムに関する経験がここで取り上げるその一事例である。

陸軍のSentinel弾道弾防衛システムは、NIKE-Xの発展であり、中国の攻撃から合州国の人口集中地の地域防護を供する限定的なものであり、ソヴィエトの脅威がより嵩じた場合対抗する選択肢となるものである。主要都市付近での初期調査作業について地域グループからの反対が1968年の末頃にあった。Nixon大統領は1969年に就任してまもなくシステムをSafeguardと名付けて目的を改めて、我が報復戦力に対する脅威、これからの10年における共産中国からの脅威、或いはいかなる源からであれ偶発的または不合理な攻撃に対する純粋に防御的な手段とした。この方向転換に関わらず、Safeguardシステムは会計年度末に至るも政府内外での活発な議論の対象であり、実現可能性、コスト、軍拡競争への配慮を巡って相違がある。結果は次会計年度における議会での動きから進むことになる。
昨年における陸軍の活動については達成と同様に問題もあったことは以上から明らかである。不同意が現れたにも関わらず、問題に直面して市民と兵の大多数が文民の責任を引き受け、奉仕の義務に応じる備えをしていることが明らかとなった。義務の遂行については、米国の今日の兵士は自らがこれまでのいかなる世代における先人に優らずとしても同等であることを証している。陸軍人員の質、文民として軍人として、国内外にあって、戦闘の内外にあって、は本報告書の扱う期間において陸軍の世界規模での効率性と効果性に反映されている。さらなる達成点と本年の運用の詳細については以降の頁で詳述される。
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コメント
この記事へのコメント
各会計年度の序論を通してみる
この後も各会計年度の序論を通して
訳してみる予定。1969年度から1996年度まであります。途中構成が変わるのですがそれまでは位置付けは変わらないだろうということで。

#えぇ、イラクの話をベトナムと重ねると治安勢力のイラク化は早期に始まっている点や細かい点でもイラクは異なります。序論であげている数字についてはいろいろ以降の章を本とは訳す必要があるのですがまずは通してみるということで。
2005/02/15 (火) 15:26:25 | URL | 太郎 #-[ 編集]
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