SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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第2騎兵連隊のドイツ移駐の日程
出典 stars and stripes
URL http://www.estripes.com/article.asp?section=104&article=36473
原題 First wave of Stryker soldiers to arrive at Grafenwöhr in May
日時 2006年4月14日
筆者 Seth Robson, Stars and Stripes
掲載媒体 欧州版
発信地 ドイツ GRAFENWÖHR
内容
陸軍の発表によると、第2騎兵(ストライカー)連隊の兵3100名とその家族5500名の第一陣が来月Vilseckに到着する。

以下全訳最後まで
陸軍はこれまでストライカー旅団が(#訳補 欧州に)到着するのは夏ごろ(some time over summer)としていたが、同旅団はワシントン州フォートルイスの基地を立つ準備をしており、第2騎兵広報将校Jon Pendell少佐(Maj.)が水曜に語ったところでは先遣隊がドイツにつくのは5月の第二週となるとのこと。

サンフランシスコ出身37歳の同少佐は”陸軍がこれだけの数の兵を家族と一緒に海外へ転属したことのがいつかは知らない、あるとしての話だが”と語る。

第2騎兵の兵らと家族は数回に分かれてVilseckに到着し、部隊全部がそろうのは9月末となると少佐。

同旅団は6月2日フォートルイスにて公式に第25歩兵師団第1旅団から名称変更(reflag)する予定で、欧州へ8輪ストライカー装甲人員輸送車、ハマー、LMTV(Light Medium Tactical Vehicle)を含む装備1500を欧州へ運ぶとPendell少佐は話す。

車両はワシントン州を6月遅くに立ちドイツ北部の港湾へと海輸され、そこからVilseckへ車列を組んでいくと少佐。

少佐は”8月末には旅団の大半は到着し、10月までには野外訓練(field training)へ戻れると期待している”と語る。

昨年9月にイラクから帰還後、旅団はてんてこ舞いの6ヶ月を過ごした。車両を修理し、人員を交代し、そして欧州へ兵と家族全員を移すという大掛かりな作業を開始したと、少佐は言う。

家族の書類やパスポートを整え、ドイツで家族に住居を割り振るなどもその作業の中にあったが、これは全て完了している。旅団の兵らは移転にわくわくしていると、Pendell少佐。

”人生で一度きりの機会だけに、職歴の中でほとんど頂点をなす”と彼は話す。


Vilseckは緑の農地と松林に囲まれバヴァリア地方の大都市Nuernbergからは車で1時間、フォートルイスと似たところが多いとPendell少佐は付け加える。少佐は欧州で二度の勤務経験がありグラーフェンヴェーアで訓練したことがある。

Vilseckを包摂するグラーフェンヴェーア米陸軍衛戍隊(U.S. Army Garrison
GRAFENWÖHR)のNick D' Amario広報官によると、衛戍隊では最近第2騎兵連隊の移駐を援助するためウェブサイトを立ち上げたという。

サイトのアドレスは www.grafenwoehr.army.mil から”Stryker Receptionを押すと飛ぶ先である。住居、保険、雇用、教育、家族サービス、Vilseckの自治体に関する情報などがある。

また、第2騎兵連隊の兵らは新たな任地についてメールで衛戍隊に問い合わせすることもできる、とD'Amario広報官。

兵らがこれまでに問い合わせたのは、地域の交通規則、転入学、特別な配慮を必要とする家族への援助であると同広報官。
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