SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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モスルにてイラク人通訳の現状
出典 CSM Christian science monitor
URL http://www.csmonitor.com/2006/0417/p01s01-woiq.html
原題 Iraq's 'terps' face suspicion from both sides
The US has isolated its Iraqi interpreters, worried they could be working with insurgents.
日時 2006年4月17日
筆者 CHARLES LEVINSON
Correspondent of The Christian Science Monitor
他掲載媒体 不明
発信地 イラク モスル
内容
#画像注記訳
身元を隠す:Rogerさんにとってスキーマスクは身の安全を守るのに絶対必要だ。合州国陸軍James Kwon中尉(1st Lt.)がイラクのモスルで女子学校を定期訪問した際に通訳をしている場面。
#訳終わり

内容
彼は米軍基地ではRogerという名で知られている。英語を学ぶのに使った古いアメリカ映画の中での無線略語(radio lingo)が由来だ。米国人と働くほかのイラク人通訳と同じく彼も正体が露見すれば殺害されると確信している。

#以下全訳最後まで
家族を守るため会うのは年に1回だけ、住んでいるのは僅か数分のところだが。そして友人達は彼が海外のケーブルTV会社で働いていると思っている。Rogerが自身、家族の安全を懸念するのは大げさではない。ここでの通訳は、米軍は"terps"と呼ぶ、はモスルだけでもこれまで彼らの推定では50名から60名が内乱者により殺害されている。

しかし、この紛争の両陣から通訳は疑念をもって扱われている。自国人からは裏切り者と思われ、米国の雇い主からは敵に内通している可能性ありとみられている。

”我々の立場をみれば、本当に危険で恐ろしいことだとわかる”とRoger。”基地の外では皆が我々を、背中から刺して来る連中、国と宗教を裏切ったかのように見ている。基地の中ではテロリストであるかのように見られている”


通訳の行動範囲に新たな制限(New restrictions on interpreters)

通訳が内乱側に通じているのを懸念して米軍は今年早くに通訳の自由を厳しく制限した。

彼らは基地の兵士と同様の生活を送るが、米軍基地での生活を耐えられるものにしてくれる贅沢の多くを禁じられている。携帯電話、eメール、衛星TV、コンピューター、ゲーム機器、CDプレイヤー、カメラ、フィットネスルームの利用、そして水泳プール、これら全てが立ち入り禁止となった。

食堂に入ると、通訳だけは選り抜かれて毎回身体検査を受ける。食事を持ち出すことは許されない、というのは基地に不法に侵入した内乱者に与える恐れがあるからだ。指揮官によっては通訳の国籍IDカードを取り上げて許可無く基地を離れられないようにした者もいる。

”本当には信頼されていないと思わせるわ”とただVivianと呼ばれている通訳は話す。彼女は20歳前後のクルド人女性で、兵が常に振り返るほどの美貌の主である。

もちろん、あらゆるイラク人が敵の可能性のある顔の見えない内乱を相手とする戦いにあっては正当な懸念といえよう。

前にここに駐留していた旅団の通訳は内乱側のスパイだとして捕まっている。またバグダッドでは内乱側の迫撃砲班に座標諸元を伝えていた例もある。

”こいつらには、やっていることをやる(胆力がある)。彼ら抜きではどうにもならない。我々は負ける”とオハイオ州East LiverpoolのPaul Volino合州国陸軍二等軍曹(Staff Sgt.)は語る。しかし、彼は付け加えて、”彼らが作戦の機密事項(operational security, op-sec)をもらしているという恐れは常にある。彼らを信用したいが気を抜かないようにしている”

携帯電話の禁止を弁護するのは容易だが、その他の規則は多くの者にとって正当化するのは難しい。

イリノイ州Beardstown出身のMatthew Chipman軍曹(Sgt.)は”全く意味が無い”と語る。彼はモスルに駐留する第172ストライカー旅団戦闘団第1歩兵連隊第2大隊の通訳たちを担当している。"彼らがどうするというのだろう、バーベルや水泳プールで情報を送れるとでも?”


二等市民(Second-class citizens)

こういった規則は自国で二等市民の扱いを何ヶ月も受けてきた多くのイラク人のとって米国の取り組みが苦々しく映る理由を示している。

米国の疑念ゆえの冷遇を味わっているのは通訳だけではない。

モスルの航空基地では、民間契約業者、兵、西側報道陣は飛行便を待つ間、ベッドを与えられ自由に歩き回ることを許されている。その一方で米軍の飛行便で移動するイラク警察は囲まれた区画内で米軍兵士の見張りつきで岩の上で眠ることになる。

”通訳や地元のイラク人ら全員が、直接共に働いている連中を除いては酷い扱いを受けるのが常だ”とChipman軍曹は話す。

新たなより厳格な規則は、通訳に言わせると士気を減退させる効き目があるが、米国が米軍と働こうという気のある英語を話せるイラク人を十分な数見つけるのにますます苦労している中で出された。

Chipman軍曹は彼の大隊は通訳を探そうと必死だという。通訳たちは新たに雇われた者の質が悪いと嘆く。

”最初は通訳の仕事を得るのは難しかった”とBobと呼ばれる通訳は話す。彼はクルドの都市Dahookの音楽家である。

”今では英語を知らない通訳も多いけど仕事を得ている”と彼。”誰かが「仕掛け爆弾があそこにある」と話すと、米軍兵士のとこに行って「ドカーン、ドカーン」といい指差す。惨めなものだ。英語で「どうしました、お元気ですか?」といえれば仕事の口を得られる」


イラク人の心配を和らげる(Allaying Iraqi concerns)

実のところ、通訳は多くの点で当地での米国占領の表立った顔であり、言語技能は不可欠である。彼が仕える小隊長ではなく通訳のRogerこそが日常で兵らが向き合う多くのイラク人をなだめ、質問し、やり取りする。

最近のここモスルでのパトロールで、自宅の前庭に米軍の姿をみて母娘は恐れのあまり縮こまっていた。イラク人の人心を巡る戦いにまたも敗北したかのようであった。

だが、Rogerが素早く前に出て彼らの心配を和らげた。彼は米国の占領の動く盾(moving defense)となっている。”何を心配しているんです?”、このイラク北部の都市に元から住むスンニ派アラブ人は、おののく瞳から涙がとめどなく溢れている10代の少女に尋ねる。

”あなたがたを傷つけるのは米国人じゃない。彼らはあなた方を助けに来た。恐れるべきはテロリストです”と彼。


月給1050ドル($1,050 monthly salary)

我慢し続けている通訳たちは金のためだという、戦闘通訳(combat interpreter)で月給1050ドルは今日のイラクではかなりの給料であるが、西側報道陣の大半が通訳に支払う額のほぼ3分2である。
(it's nearly a third less than many Western media outlets pay their interpreters.)

彼らの多くが通訳をやるのは米国がイラクで成し遂げようとしていることを信じているからである。実際彼らは当地における米国の取り組みの最も熱心な支持者であるように思われる。しかし、何にもまして、彼らが言うのは、忠実に仕えることで米国の市民権を獲得できるのを願っていることだ。

陸軍の支給した衣服、ボディアーマー、ケブラーヘルメットで通訳らは彼らが仕える兵士らと見分けが付かない、彼らの多くが正体を隠すためにかぶっているスキーマスクを除けばだが。通訳は兵のゆくところはどこでも行き歩兵と同じ様々な脅威に直面する。

”いつの日か軍が良い通訳と認めてアメリカにいかせてくれる日を夢見ている”とRoger通訳。彼は2003年にモスルにはじめて米軍がハマーで乗り込んできたとき歓声を上げたことがある。


仕事の犠牲(Sacrifice of the job)

イラクで12ヶ月勤務して帰還する米軍兵士と違い、通訳の多くは実質的に3勤務期間続けて働いている。家に帰り家族と会うのは数ヶ月ごとに二、三日(a handful of days)だけである。

合州国陸軍とともに戦闘パトロール(combat patrol)した28ヶ月の間、Rogerは車爆弾、RPG(ロケット擲弾)、幾度もの射撃戦、そしてそれ以上に数え切れぬほど多くの仕掛け爆弾(IED, improvised explosive device)を耐えてきた。

”それについて考えるよう頭を切り替えるのもできないくらいだ”
("I can't even rewind my brain to think about this,")と彼。”今じゃ、仕掛け爆弾が爆発しても笑うだけだ。でも、右耳はあまり聞こえなくなったね”

Vivianという通訳は合州国陸軍のため働いて3年になり、米兵に囲まれて二人用兵舎に居住している。これはクルディスタンの田舎出身の若いイラク人女性にとってはあまり例のない住まいである。

”両親はもう私を娘とは思っていない”と彼女。花柄のピンク色の寝具の上に足を組み洗いたての髪を梳きながら話す。”今じゃ私のことを兵士と思っている。制服を着て兵隊がやることをまったくおなじことをして毎日過ごしていて、今じゃ私もかなり兵隊だと思う”
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