SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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ペンシルヴァニア州兵第28歩兵師団の変革の現状
出典 tyrone pa com
URL http://www.tyronepa.com/news/article.php?id=7110
原題 Maj. Sam Hayes to head Guard’s 2/112th battalion
日時 2006年4月20日
筆者 DOUG ROLES、Staff Writer
他掲載媒体 不明
発信地 不明
内容
第112歩兵連隊第2大隊長の紹介とSBCT-7への転換が進みつつあり、州兵訓練所にも変化があることを触れている記事。
・ストライカー装甲車はFort Indiantown Gapに到着しつつあるとしている。

#以下全訳
Tyroneの生まれでよく知られている名がHuntingdon、Tyrone、Altoona、Bellefonteの州兵訓練所とLewistownを本部とする大隊の指揮を継いだ。

#以下全訳最後まで
Sam Hayes Ⅲ世少佐(Maj.)は第112歩兵連隊第2大隊の指揮を継いだ。同大隊は州兵の新たなストライカー旅団戦闘団、合州国陸軍でわずか7つしかない部隊の一つで、予備役部隊(reserve component)では唯一の部隊である。

Hayes少佐は陸軍のストライカー歩兵大隊わずか21名の一人ということである。

同少佐は州の元農業長官(former state Secretary of Agriculture)で第81選挙区議員(82st Legislative District Rep.)Sam Hayes Jr.とBetty Lee Hayes夫妻の子息。

"名誉でありやりがいがある"とHayes三世はDaily Herald紙に語った。

ストライカー部隊はイラクで大いに使われている非常に機動力ある8輪のストライカー装甲車の部隊。Hayes少佐によるとストライカー装甲車が地元の訓練所(armory)に着くのは今後12ヶ月から18ヶ月のいつかとなり、また、Fort Indiantown Gapには既に到着しており兵らが装甲車やその他の高度なコンピュータ装備の訓練を受けているとのこと。

"部隊が(ルート)22(Route 22)を走って来ることでしょう"とHayes少佐。大隊長となったことで同少佐はペンシルヴァニア州南中央部の州兵の大半を指揮する任を担うこととなった。

第28師団首席作戦、計画、訓練参謀(Chief of Operations, Plans and Training)のWalter Lord中佐(Lt. Col.)は"部隊とHayes少佐にとって、少佐が大隊を率いることは大きな一里塚だ"と語る。
"少佐には部隊を戦闘に備えさせやる事全てを成功させるだけの経験、教育、指導力がある"

 ペンシルヴァニア州兵第28歩兵師団ストライカー旅団戦闘団移行チーム(the Pennsylvania National Guard, 28th Infantry Division, Stryker Brigade Combat Team transformation team)に配置されていた当時はHayes少佐は第56旅団戦闘団がストライカー部隊へと変革するのを促し監督する責を担っていた。これは少佐曰く、"信じられないほどの大仕事"だった。

"全過程を完了するには数年を要するだろう"とHayes少佐。"全旅団の完全なる再編である。全てをひっくるめると、この変革は15億ドルから20億ドルの間となる"

 新たな装備により兵らはよりよい状況認識を保てるようになると少佐。また少佐は州動員任務(state active duty mission)では地元の訓練所にストライカー装甲車をおくことで洪水といった緊急事態にもより大なる能力を得られると指摘した。"8輪車両ですからどこへでも行けるし、車両間の通信もある"と少佐。

 少佐によるとSBCT(ストライカー旅団戦闘団)の配置の半分ほどはthe Gapになるが、残りは地元の基地となる。The Heraldの姉妹紙The Daily Newsで既に報じられているように、ストライカー部隊への改編にともないHuntingtonに新たに訓練所が建設される。

"古い施設は部隊によく役立ったけれどストライカーの編制にはうまくいかない"とHayes少佐。Lewistownでも施設が改良されていると付け加えた。

 Hayes少佐は1985年にTyrone Area High Schoolを卒業しthe Pennsylvania State Universityに入学し1990年に農業科学の学士号を得て卒業し、歩兵少尉に任官。以降の軍では歩兵将校基礎課程(the Infantry Officer Basic Course)、歩兵将校上級課程(the Infantry Officer Advanced Course)、機甲将校上級課程(the Armor Officer Advanced Course)、諸兵科連合参謀学校(the Combined Arms Service Staff School)、陸軍指揮参謀大学(the Army Command and General Staff College)にて教育を受けた。また1997年には教育でthe Pennsylvania State Universityから修士号を受けている。

Hayes少佐の軍歴は1986年4月に始まり、対戦車特技兵(Anti-Armor Specialist)としてAltoonaの第112歩兵連隊第2大隊戦闘支援中隊(Combat Support Company)に配置された。任官とともに、同大隊の対戦車小隊長(Anti-Armor Platoon Leader)および偵察小隊長(Scout Platoon Leader)に任じられた。1991年、Lewistownの第112歩兵連隊第2大隊本部に配置され、中隊長、大隊作戦将校、大隊副長を含む様々な指揮参謀職で勤務。

2003年にはHayes少佐はコソボへ第112歩兵連隊第2大隊とともに大隊副長として派遣され東部多国籍旅団(Multi-National Brigade East)に配された。帰還すると第28歩兵師団G3参謀次席(the Deputy G3(Operations))に任命された。

Hayes氏の褒章には殊勲勤務章(the Meritourious Service Medal)2回、陸軍褒章(Army Commendation Medal)3回、陸軍達功章(Army Achievement Medal)4回、コソボ従軍章(Kosovo Campaign Medal)とNATO章(Nato Medal)が含まれる。レンジャー資格あり、落下傘章、空中強襲章、パスファインダー章も持つ。

Hayes氏は様々な理由から軍に入隊したと語る。家族も献身するという信念を植えつけてくれた。また、新しい高校の卒業生として、やりがいのあることを求めており、"陸軍がそれを与えてくれた"

 Hayes氏は現在Newportに妻のHilary、子息のNathanとともに住んでいる。

"この素晴らしい部隊の指揮官として仕えることができ本当に光栄だ"とHayes少佐。"大隊の兵らは彼らの国家への献身が重要であり進んで勇敢に犠牲となることを明確に示してくれた。兵らは彼らの献身が我々全員の自由を守り多くの者が犠牲となる個人的責任を感じていないときに献身することを義務と受け入れている"
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