SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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ラムズフェルド国防長官、バグダッドを事前広報なく訪問
出典 washington post
URL http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/04/25/AR2006042502493.html
原題 Rumsfeld Visits Iraq for Meetings With Iraqi, Military Leaders
日時 2006年4月25日
筆者 Robert Burns、The Associated Press
他掲載媒体 AP電
発信地 イラク バグダッド 4月25日
内容
イラクで成立しつつある政府への支持を示すため、Donald H. Rumsfeld国防長官は水曜日、事前広報ぬきでバグダッドに到着し、イラク首相の指名を受けたJawad al-Maliki氏および新たに選出された指導者らと会談する。

#以下全訳最後まで
Rumsfeld長官はワシントンの議会にて共和党上院議員らと私的会合の後夜に飛び、イラクでの最高位の米軍司令官であるGeorge Casey大将およびその他の司令官(senior commanders)らと軍事面での進展について話し合う。

Rumsfeldはイラク側に首相やその他政府要職選出の行き詰まりから抜け出た事を祝うばかりでなく、イラク側は米軍がずっと留まるとは期待すべきではないとのブッシュ政権のメッセージを伝えると思われる。

Casey大将は昨年、内乱が悪化せずイラクが国家統一政府の確立の軌道上を進んでいるならば、今春か夏にはかなりの米軍部隊を削減できようと述べている。これまでの削減はほんの僅かなものであり、13万8千名からおよそ13万2500名へ削減されたのみ。さらなる削減は日程にない。

Rumsfeldの広報担当(press secretary)であるEric Ruffはワシントンからの国防長官の航空機に同乗した報道陣に対して長官の訪問は3年前のサダムフセイン没落後のイラク初の憲法による政府樹立に向けての最近の進展についてブッシュ大統領からの激励(encouragement)を伝えるためだという。

Ruffいわく、"大統領は我々に行って新政府への支持を示すようにも止めた"

これまでの慣例を破り、バグダッドへの13時間の飛行の間、Rumsfeldは記者団と話さなかった。ワシントンを立つ前に長官は密室にて上院与党指導者であるBill Frist(共和党 テネシー州選出)およびその他15名の共和党上院議員と会い政権の720億ドルの補正予算要求について話したとRuff。

Rumsfeldはまた上院議員らにテロとの地球規模の戦い(the global war on terrorism)について提議した。Ruffによるとイランへの懸念の高まり、同国の核への野心とイスラエルに対する脅迫的言辞により、イランとアフガニスタンで米国が成功することがより重要となっていると長官は語ったとのこと。

平和的な民主主義がイランの国境に接して西と東に確立されてば、イランはイスラム過激主義をひろめる取り組みで"大きく敗れる”ことになるとRumsfeldの言をRuffは伝えた。

月曜のthe Pentagon Channel、国内及び海外の軍の家族を主な視聴者とするTVでのインタビューで、Rumsfeldは内乱勢力は暴力を続けバグダッドの新たな指導者らが官庁の主要ポストに有能で非宗派の者をつけることを阻もうとすると考えていると語った。

Rumsfeldは通常、イラクを訪れるときは一つがそれ以上の米軍部隊に現れて、ときには質問を受け付ける。兵らは大抵ワシントンの政治については聞かないが、今回の訪問は退役将官数名がRumsfeldに辞任を公然と迫った直後のことである。

公然と発言した退役将官の中には、イラクで陸軍第1歩兵師団を指揮し昨年二つ星で退役したJohn Batisteや、同じくイラクで第82空挺師団を指揮したCharles Swannackなどがいる。二人ともRumsfeldのイラク戦略は失敗し、またRumsfeldは軍の助言を無視したと語っている。

Bush大統領は、しかし、Rumsfeldを交代させるつもりはないと明白に応じている。

Rumsfeldのイラク訪問はイラクでの政治面での重要な進展ばかりでなく、米軍の戦死者が急増し、今月は昨年11月、イラクでの戦死者数が84名となったとき以来の数となっている中でのことである。

米兵の死者数上昇はイラク治安部隊が内乱勢力との戦闘でより主導的名役割を与えられ、米側は支援となる中で起きている。この責任の委譲で米兵の犠牲者数は少なくなると思われていた。

Rumsfeldのイラク進攻後のイラク訪問は12回目で今年は今回が初めて。前回の訪問は昨年クリスマスイブで、バグダッドにて政治の安定を希望を込めて語りつつうも、米軍が過早に退出すれば安定の妨げとなると注意を促した。

また前回の12月の訪問では2006年に期待される米軍戦闘部隊の一連の削減の第一弾を告知している。同氏は17個旅団相当から15個旅団へ、つまり約13万8千名からおよそ13万名へ米軍は削減されると語った。目下の人数はおよそ13万2千名である。
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