SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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第2歩兵師団第3旅団の出発式
出典 tacoma news tribune
URL http://www.thenewstribune.com/news/local/story/5786753p-5171341c.html
原題 Back to Iraq, with tears and courage
Ceremony marks Stryker brigade’s coming departure
日時 2006年6月3日
筆者 ADAM LYNN; The News Tribune
他掲載媒体 不明
発信地 不明
内容
#画像注記訳
#1枚目
DREW PERINE/THE NEWS TRIBUNE
フォートルイスでの派遣式のあと、三歳のMariah Mabanagが父のMichael Mabanag一等軍曹(Sgt. 1st Class)に寄り添っている。ストライカー旅団の兵らは二、三週間のうちにイラクへ旅立つ。

#2枚目
DREW PERINE/THE NEWS TRIBUNE
金曜日の第2歩兵師団第3旅団の派遣式で、6歳のMichael Mabanag Jr.が父の部隊について歩いている。

#以下全訳

金曜日、フォートルイスのGray Army Airfieldに数千人が集い、
第2歩兵師団第3旅団の兵らがイラクへの3年間で二度目の派遣へと戦旗を納めるを見守った。

#以下全訳最後まで
式典はおおよそ象徴的なものであった。同旅団のおよそ4千名の兵らはまだ二、三週間は北部イラクへの一年間の派遣に出発しない。

しかし、感情は本物であった。

James Dubik中将(Lt. Gen.)の声は眼前に密に隊列を組んだ兵らを前にしての短い辞のとき震えており、式が終わると友人や近親が兵らを掻き抱いた。

"われわれは数千の者を戦争へと送る"とフォートルイス司令のDubik中将は儀典後に記者らに話した。"感情のこもった式典となるのも当然であろう"

兵らのおよそ半数は二度目のイラク派遣となる。現在の計画では第3旅団はアラスカ州フォートウェインライトの第172ストライカー旅団戦闘団に交代することとなる。第172ストライカー旅団戦闘団の本部はモスルに駐留している。

金曜日に栄誉に浴した兵らの中には2003年11月から2004年10月の最初の派遣で陸軍の最初のストライカー旅団である第2歩兵師団第3旅団に属していた者も多い。そのほか他の部隊でこれまでにイラクへ行った経験のある者もいた。

"やらねばならないことだ、そして我々がそれをやらねばならないのだ"と2004年に第1騎兵師団でバグダッド近くで勤務したJames Smiley三等軍曹(Sgt.)は語る。

兵らの家族や恋人たちは兵らがこんなにも早く戦場へと戻るのは悲しいと話したが、しかし多くの者は今回は何が起こるのかある程度分かっているだけ慰めがあると語る。

"最初のときは本当に怖かった"とSmiley三等軍曹の妻であるMaria。
"今回は、彼らがあちらで何をしているかはかなり自信がある。今回は(#前回よりは)楽に感じられそうだ"

Bill Pearsonはフロリダ州Jupiterの家から子息のJesse Pearson少佐(Maj.)のため車を運転してきた。

"愛する者が危難へ向かうときに心配するのは当然のことだ"と元合州国外事職員(U.S. Foreign Service worker)の同氏は話す。
"我々は国とイラク人双方に対して息子とその仕事を誇りに思っている"

多くの兵らは彼らが様変わりした戦争へと戻っていくと分かっている。最初に行った時は米軍はモスル内外での治安および戦闘作戦を真っ向に担ったと兵らは語る。旅団の兵20名が戦死し、400名が負傷した。

今回は、イラク兵が主導すると思うと兵らは話す。

"彼らが自国の人々を警備する"と2003-4年にイラクで第82空挺で勤務したOran Massaline三等軍曹(Sgt.)は言う。"我々は彼らにどうやって自国の人々を扱うかを教えることになる"

Jennifer Genereauは4歳の子息Isaiahと一緒に式を見守った。子息は父のAron Genereau特技兵(Spc.)が2003年に第3旅団とともに旅立ったときは僅か1歳だった。夫妻の一番下の子であるZacharyは1歳になったばかりである。

Jennifer Genereauさんは夫が再度、家を発ち戦地へ向かうのをみるのは辛いと話すが、Jenniferさんにとって派遣は夫婦それぞれにとっての機会となるとみている。Jenniferさんは正看護婦(registered nurse)としての職を1年の間狙う予定だし、夫は陸軍での職歴を重ねることとなると語る。

"二人とも成長する機会だわ"とJenniferさん。

子息のIsaiahは迷彩帽を掴んで、父が1年間遠くに行くこともおぼつかないようだった。

"とてもいけないことだと思う"とIsaiah。

派遣は米軍がイラクでさらに厳しい目に晒される中で行われる。

国防総省とイラク関係筋は交戦規則を外れてイラク市民を米軍が殺害したとされる事件少なくとも二つを捜査している。

2003-4年に第82空挺でイラク勤務をしたRobert Price三等軍曹(Sgt.)は第3旅団が受ける迎えには影響しないと思うと語る。

"彼らは我々を好きか、嫌うかだ"とPrice軍曹。"中間というものが無い"

兵らとその身内(supporters)に向かっての演説で、第3旅団長Steve Townsend大佐(Col.)は部隊は対するいかなる内乱勢力をも圧倒できるだけの備えはあると述べた。

同旅団は(#前回の派遣からの)帰還後、次の任務の準備で17ヶ月をすごした。Townsend大佐曰く

"部隊は準備が整った"

大佐はまた部下たちは"イラクの人々に尊厳と敬意をもって対する"とはなす。

訓辞(remarks)でDubik中将は軍服を着る者全員に精鋭たれと呼びかけた。

2億9900万の米国民のうち軍で仕えるのはわずか230万名であると同中将。

"国家の1%足らずが我々に代わってこの戦争の重荷の100%を担っていることを肝に銘じるべきだ"とDubik中将は区切るように(halting voice)語った。

第3旅団は2007年春に帰還する予定である。


イラク派遣されたストライカー旅団(Stryker brigades in Iraq)

第2歩兵師団第3旅団(フォートルイス)。
2003年12月にイラク入り。モスルで1年の大半を過ごす。

第25歩兵師団第1旅団(フォートルイス)
2004年10月に第3旅団をモスルで引き継ぐ。

第172ストライカー旅団戦闘団(アラスカ州フォートウェインライト)
2005年9月に第1旅団をモスルで引き継ぐ。

第3旅団は6月遅くに第172旅団を引き継ぐためフォートルイスを出発する予定。

4番目のストライカー旅団である第2騎兵連隊はフォートルイスで練兵中であり2007年にイラクへの輪番制での派遣が予定さている。

(#第2騎兵連隊はドイツへ移転した部隊の名称となった)
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