SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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米兵2名が行方不明となった攻撃について
出典 New York Times
URL http://www.nytimes.com/2006/06/18/world/middleeast/18iraq.html
原題 2 Missing U.S. Soldiers Are Sought in Iraq
日時 2006年6月18日
筆者 DEXTER FILKINS
協力 Khalid Hassan、Mona Mahmood
発信地 バグダッド 6月17日
内容
#画像注記訳
#1枚目
日曜日、バグダッドで爆発後、破壊された車両の脇に立つ負傷したイラク人。この日首都では38名が亡くなった。
Joao Silva for The New York Times

#2枚目
土曜日、バグダッド中心部の市場での爆弾攻撃現場で男性をイラク兵が拘束している。同日、首都では7回の攻撃があった。
Scott Nelson/World Picture Network, for The New York Times

#全訳
土曜日、米兵らは家々をまわり、通りをヘリから探し、用水路に潜るなどして首都の南で内乱勢力に捕らえられたと報道されている戦友2名を捜索している。

#以下全訳
この米兵2名の姓名は公表されていない。彼らは金曜日の夕方、Al Qaeda in Mesopotamiaの牙城だと一帯のイラク人は言うYusufiyaの町付近で、ハマーが覆面のゲリラ集団から奇襲攻撃を受けて捕虜となった。

バグダッドの米軍は金曜日にユーフラテス川付近の運河を渡る地点付近に設けられた検問所を内乱勢力が攻撃後、米兵2名が行方不明となっていることを確認した。別に米兵1名が戦死しており、この攻撃は部隊の一部を孤立させようとの巧妙な誘いであったようである。

米軍報道官William Caldwell少将(Maj. Gen.)は"我々は地上、空中、水中のもてる手段は全て用いて彼らを探しているところだ"と語る。

バグダッドから電話で取材した同地のイラク人によると、銃撃戦を生き延びた米兵2名は内乱勢力が複数の車へと連れ去ったとのことである。

Karagol村付近でナツメヤシとリンゴの木の世話をHassan Abdul Hadiがしていたところ、銃撃と爆発音を聞いた。道路へでてみると、米軍のハマーが見えたと話す。

"ハマーをみてショックだったかって? 別に何も変わったところはないようにみえた"とHadiさんは言う。"すると、銃を持った男達が「神は偉大なり!」と叫ぶのが聞こえて彼らが米兵を連れているのを見た。男達は米兵を連れて車で去っていった"

攻撃のとき、米兵はKaragol村の端の交通検問所にいた。イラク人によると検問所はハマー3両でやってきた米兵十数名が守っていたという。

検問所は道路沿いの果樹の茂みから内乱勢力の攻撃を受けた。内乱側が茂みの中へ後退すると米兵はハマー2両に乗り追撃し、検問所にははハマー1両とわずか2,3名の米兵しか残るのみとなったが、これはおびき出しだった可能性があるとイラク人は話す。

イラク人の話では、その後、別な方角から黒のトレーニングウェアと顔をKaffiyehで覆った7,8名のゲリラが検問所を攻撃。そのうち少なくとも1名は重機関銃(a heavy machine gun)を持ち2名はロケット擲弾(rocket propelled grenades)を携えていた。

米兵2名が連れ去られて数分後に、米兵の一団が到着して一帯の家屋を捜索し始めたとイラク人は語る。土曜の朝には捜索はさらに徹底的となり、兵らはしらみつぶしに一帯を探し、ヘリは上から探し、ダイバーが運河に潜っていると米軍は声明で述べている。

Karagol村の隣にあるJurf Al Sakhar村に住むYusef Abdul Nasirによると、"米兵は家々を探し回り、見つけた男性は全て拘束している"と言う。米兵らはJurf Al Sakharに囚われているとの噂をNasirさんは聞いたとのことである。

Nasirさんによると米兵は兵2名が返されない限り拘束した男性を留めて置くと脅迫しているとのこと。Nasirさんの話を他から裏付けることはできなかった。

米軍はイラクで兵らが敵手から遠ざけようと多大な配慮をしている。兵らはけして単独、車両1両のみでは移動しない。ハマーを1両だけ残すのが交戦基準(engagement guidlines)にそむくものなのかについては不明である。

"ゆめゆめ疑ってはならないのは、我々は我々の一員の状況がはっきりと分かるまで捜すのをけして止めたりしないということだ"とCaldwell将軍は語った。

米兵2名が捕らえられたらしきことで内乱勢力の手で彼らが公衆の前で利用される可能性が高まっている。他の米国人、民間契約業者らは手荒く扱われ、拷問され、殺害されるのを撮影されている。

捕虜となったことが知られている米兵はKeith Maupin特技兵(Specialist)が一番最近であった。同特技兵は2004年4月にバグダッドの西のFalluja付近にて車列が待ち伏せにあった際に内乱勢力に捕まっている。アラビア語放送であるAl JazeeraがMaupin特技兵とされる人物が背後から撃たれる画像を放映しているが、撃たれた人物の顔は流されておらず、米軍は同特技兵の死を確認していない。

兵2名が消えたYusufiya付近は米軍、その多くは特殊作戦部隊(Special Operations commandos)とAl Qaeda in Mesopotamiaとつながりがあると考えられている内乱勢力との激しい戦闘の場となっている。同集団の創設者であるAbu Musab al-Zarqawiは先週米軍の航空攻撃で殺害され、米軍は同集団の組織網の情報がYusufiya内外の隠れ家で発見されたと発表している。

5月には米軍特殊作戦部隊がYusufiyaで内乱勢力が潜んでいると思われる家屋を強襲して激しい銃撃戦が繰り広げられた。米軍によると内乱者25名を殺害し、MH-47Eが撃墜されて乗員(airmen)2名が戦死している。MH-47E Night StalkerはChinookヘリの高級化した派生型であり、特殊作戦任務に用いられている。

今年早くのインタビューで、イラク人内乱指導者らは本紙(the New York Times)に米兵2名が行方不明となった付近にあるKaragol村はAl Qaedaの支配下にあると語っている。

米兵の捜索が続くこの日、首都バグダッドでは暴力が蔓延していた。その多くは内乱勢力の攻撃であると思われる。自爆攻撃1回、迫撃砲攻撃1回、車爆弾3回、と手押し車に仕込まれた爆弾1回、マイクロバスに仕掛けられた爆弾1回で合計7回の攻撃があり、内務省によるとイラク人38名が亡くなり、75名が負傷している。

この攻撃は、水曜日以来、米軍とイラク治安部隊がZarqawiの死後、首都全域にわたる治安強化を開始後比較的平静であった状況を破るものとなった。

手押し車に仕込まれた爆弾攻撃があったのはバグダッド中央部のチグリス川付近にあるHaraj市場でだった。貧しいイラク人が主に古着を商っている手押し車の列の中で爆弾が炸裂し、市民5名が死亡、25名が負傷した。遺骸、壊れた手押し車、黒こげた衣類が通りや並ぶ店の窓に散乱した。

当地での暴力はなんらの型も理由もなく繰り広げられているように思われる。Haraj市場に集う地元イラク人を襲ったこの暴力もまた不条理なものであった。

"貧しい人しかここでは働いていない"とTariq Abd Zein(35才)は中古の靴を売りつつ話す。"この市場に爆弾を仕掛ける意味が分からない"
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