SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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3-2ストライカー旅団の2個大隊はバグダッド付近に在り
出典 tacoma news tribune
URL http://www.thenewstribune.com/news/military/stryker/v-lite/story/5990345p-5264946c.html
原題 Local Stryker soldiers sent to Baghdad
日時 2006年7月30日
筆者 news tribune staffおよび通信社電
協力 News Tribune編集長(Managing Editor)Karen Peterson、AP(The Associated Press)
他掲載媒体 不明
発信地 不明
内容
イラクの首都での兵力を増強する米国の計画の一環でフォートルイスの兵およそ1400名がバグダッドの地域へ移動した。

この1400名はフォートルイスを原屯地とするストライカー旅団のおよそ三分の一にあたる。この旅団は最近、イラク北部最大の都市モスルにて一年間の派遣を開始したばかりであった。

第23歩兵連隊第1大隊(the 1st Battalion, 23rd Infantry Regiment)と第14騎兵連隊第1大隊(the 1st Battalion, 14th Cavalry Regiment)は"現在、バグダッド近傍に位置している"と旅団長Steve Townsend大佐(Col.)は金曜の夜、メールにて本紙に伝えてきた。

同旅団長によると第2歩兵師団第3旅団の他の部隊はモスルに留まるとのことである。

フォートルイス報道官であるDan Williams中佐(Lt. Col.)は土曜日にTownsend大佐のメールの情報を認め、この2個大隊は"必要とされる間は"バグダッドにいることとなると述べた。

同報道官は兵の家族らはこの移動の通知を受けたと話している。

バグダッドの米軍司令部は土曜日、同地での流血を終わらせるべくイラク首都に兵3700名を送り込んでいると正式に発表した。

この3700名にフォートルイスの兵らが含まれているかは不明である。

フォートルイスのストライカー旅団はアラスカを原屯地とする第172ストライカー旅団をモスルにて引き継いでいるところである。第172ストライカー旅団はイラクでの一年間の展開を終えて帰還する予定となっていたが、ブッシュ大統領によるバグダッドの治安向上計画の一環で派遣期間が4ヶ月間延長された。

ストライカー部隊は迅速に動く軽装甲の車両で600万の広大な都市をパトロールすることとなる。米軍は装甲(armor)を増すことで、ここのところ攻撃がさらに激化してきている武装勢力を威圧することを狙っている。

イラクにおける米軍の最上位の司令官であるGeorge Casey大将(Gen.)は"これにより最も機動力があり軽快な兵器を持つ最も経験を積んだ部隊を主力の支援に当てることとなる"と述べ、"バグダッドの治安に作用しうる決定的な能力を我々は持てる"と語った。

米軍の声明はバグダッドの北西225マイルにあるモスルから首都へいつアラスカのストライカー旅団が移動するかについては触れていない。

米軍筋はAP通信にさらに部隊が続いてくると語ったが、保全上の理由から匿名を条件として語り、それ以上の詳細を明らかにしなかった。

ブッシュ大統領は先週、5月20日に発足したNouri al-Maliki首相の統一政府(the unity government)を脅かし始めている殺人の応酬の急増につきバグダッドにさらに部隊を送ることを決定したと話していた。

暴力の高まりによりブッシュ政権が思い描いていた11月の中間選挙前に米軍12万7千名をかなり削減するという望みは消えうせた。

国連によると、5月と6月で内乱や宗派間暴力により死亡したイラク人は約6千名。シーア派、スンニ派およびクルド人による統一政府が大衆の信任を得て治安危機を和らげることを米国は期待していたのにも関わらずである。

国防総省筋は、さらに憲兵、装甲車両および戦車を首都の街路へと送り、米国が訓練したイラク警察および陸軍部隊と協働させる計画となっていると述べている。

これらのイラク部隊は主にシーア派であり、米軍の存在によりスンニ派にイラク部隊は制服を纏ったシーア派処刑部隊ではないと保障することを狙っている。

米国および英国筋はイラク部隊、とりわけ警察はシーア派民兵に浸透されており多くのイラク市民の信用を失っていると話す。

宗派紛争の苦しみと掛かっているものの大きさは首都のイラク部隊には重すぎることが明らかとなっている。攻撃の急増はまた、先月鳴り物入りで幕を開けたマリキ首相のバグダッド治安計画の失敗を示している。

宗派抗争が激化したのは2月22日、サマラ(Samarra)でシーア派聖廟が爆破されて以来であり、イラクは内戦(civil war)へ進む危険に晒されている。

先週、バグダッドの米軍広報官William Caldwell少将(Maj. Gen.)はバグダッドはマリキ首相の政府のみならずアルカイダ・イラク(al-Qaida in Iraq)によっても"勝ちは譲れない(must-win)"であると述べている。米軍はアルカイダ・イラクが宗派間の憎悪を煽っていると非難している。
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