SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
第1歩兵師団第1旅団について
出典 公式サイト
URL 省略
確認日時 2006年8月4日
筆者 不明
発信地 カンザス州フォートライリーの模様
内容
同旅団の公式サイトからの情報を以下に要約。

編制
本部および本部中隊
第16歩兵連隊第1大隊
第34機甲連隊第1大隊
第34機甲連隊第2大隊
第1砲兵連隊第1大隊
第1工兵大隊
第101前方支援大隊
第4騎兵D中隊
第331通信中隊

部隊史より抜粋
2003年7月23日、合州国陸軍戦力軍(US Army Forces Command)はイラクの自由作戦支援のためイラク戦域への派遣を第1旅団戦闘団に伝達。
同年9月2日、旅団本隊が展開を開始。
同年9月11日、クウェートに到着し終える。
当初は第82空挺師団に配されてTopeka作戦域を占める。
同年9月26日、第3機甲連隊第3大隊から権限移行を受ける。
2004年3月20日 CJTF-7は本旅団を第1海兵師団へ配し、
Topeka作戦域での攻勢作戦継続する。

12ヶ月間に 内乱勢力殺害数541名、傷害数101名以上、拘束数2081名。うち高価値目標拘束は18名、外国人戦士拘束は20名。
何百という小火器攻撃およびRPGによる攻撃を受け、
仕掛け爆弾による攻撃は550回を超える。
隠匿武器捜索では重機関銃41丁、RPG発射筒175基、迫撃砲弾および砲弾3134発、ロケット弾1781発、地対空ミサイル17発を押収。
また、本旅団は第60イラク国家警備隊旅団(第500、第501、第502国家警備隊大隊を含む)を創設、訓練。
また、2380万ドルを超える民生計画をアンバル州にて後援。
2004年9月14日-26日にフォートライリーに本旅団戦闘団は帰還。

2005年1月、本旅団はイラクの自由作戦への展開に備えるよう命じられる。
2005年秋の派遣に備えて同年の大半を訓練(refitting and training)に過ごす。
2005年8月および9月、JRTC(the Joint Readiness Training Center)への派遣で訓練は最高潮に達する。
2006年1月、本旅団は任務変更を受けて軍事移行チーム(Military Transition Team)の展開に備え訓練を向上するための再編を開始する。

フォートライリーから派遣中の部隊および派遣予定の部隊

イラクの自由作戦、不朽の自由作戦およびアフリカの角統合任務部隊(Joint Task Force Horn of Africa)にフォートライリーから派遣中の部隊は以下の通り。
第82衛生中隊(航空救急) 82nd Medical Company (Air Ambulance)
第5砲兵連隊第1大隊レーダー班(Radar Section)
第300憲兵中隊
第15人事大隊D分遣隊およびE分遣隊 (Personnel Services Battalion)
第16歩兵連隊第1大隊A中隊
第19広報分遣隊

2006年7月15日時点でフォートライリーの兵およそ580名が世界各地での作戦支援のため派遣されている。

今秋、派遣される準備をしている兵はおよそ2030名。
イラクの自由作戦支援のため派遣される予定の部隊は以下の通り。
第1工兵大隊
第541戦闘持続支援大隊本部および本部中隊 (Combat Sustainment Support Battalion)
第1整備中隊
第97憲兵大隊本部および本部分遣隊
第16歩兵連隊第1大隊B中隊
第16歩兵連隊第1大隊C中隊
第34機甲連隊第1大隊B中隊
第34機甲連隊第1大隊C中隊
第4騎兵D中隊
第5砲兵連隊第1大隊B中隊
第5砲兵連隊第1大隊D中隊
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2005 SBCT関係論文翻訳 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。