SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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第14騎兵連隊第4大隊での派遣期間延長への反応
出典 army times
URL http://www.armytimes.com/story.php?f=1-292925-1998759.php
日時 2006年8月3日
原題 Tour extension wreaks havoc upon Stryker soldiers’ lives
筆者 Sean D. Naylor、Staff writer
他掲載媒体 不明
発信地 バグダッド
内容 全訳
第172ストライカー旅団戦闘団のイラク派遣期間が延長されたことで、同旅団の騎兵大隊の兵の個人生活で混乱が起きているほか、部隊の補給面に非常な負担が生じている。兵らは国防総省がもう少し前に伝えてくれればこれらの問題は回避できたのにと話している。

#以下全訳最後まで
第172ストライカー旅団はイラクへ2005年8月に派遣され、同部隊の多くは今月早くにアラスカ州フォートウェインライトへと帰還する予定となっていた。しかし、国防総省は7月27日に第172旅団の派遣を最大120日間延長し、部隊をイラクの首都バグダッドでの暴力がさらに悪化するのに対抗するため同地へ部隊を移動させることを発表した。

第14騎兵連隊第4大隊の兵がこの派遣延長の知らせを受けたのは7月27日、アンバル州中央部のRawah戦闘外哨(Combat OUtpost Rawah)を去る準備をしているところにであった。同大隊はこれまでの12ヶ月の大半をここで過ごしてきた。知らせは多くの者にとって辛いものであった。


一年間の苦しい戦闘任務で戦友8名が戦死(killed in action)、基地の外へでるたびに死あるいは体肢を失う可能性があった後で、同大隊の兵らは心構えを解いていた。

同大隊の兵80名以上が既にアラスカに帰還済みであると、同大隊長Mark Freitag中佐(Lt. Col.)は語る。同大隊長はこれらの兵全てをイラクへ戻すよう要請したが、これには合州国太平洋軍(U.S. Pacific Command)の認可が必要である。

イラクにいた者の多くも一日か二日のうちに出発する予定となっていた。ストライカー装甲車の乗員らは最後の"基地の外(outside the wire)"での任務を祝ってしまっていた。戦闘外哨Rawahでは学期末の雰囲気であり、兵らは家庭へと戻る準備をしつつも、ふざけあっていた。

そこに、家へと飛行機に乗って愛する者の腕に戻るのではなく、バグダッドの流血の只中へと向かうとの知らせが届いた。スンニ派とシーア派の宗派間暴力は歯止めが利かなくなっており、バグダッドでは7月に1600名以上が死亡している。

知らせを受けて、兵の中には信じられぬ思いで泣く者もあれば、肩をすくめる者もあった。

"我々は全員が志願者だし、こういった予期せぬことが起こることもある"と同大隊、第14騎兵連隊第4大隊A中隊のRoy Stoehr一等軍曹(1st Sgt.)は語る。

同大隊火力支援将校であるTom Hart大尉(昇進待命)(Capt. (P))は"米国民は我々が国家の戦争を戦い勝利するために支払っている"と話す。"我々は一年間展開し、その一年間の終わりにさらに留まり戦うよう求められた。兵が軍に仕える意味はまさにここにある"

全員がHart大尉のように平静に反応したわけではない。同大隊従軍牧師(chaplain)のJames Foster大尉は兵らは肉体的にも感情的にもバグダッドでの任務に備えはできようが、さらに4ヶ月間、戦闘の中にあるという現実を捉えている最中の者もいると話す。

"悔やみの過程のようなものだ"と同牧師。"非常な衝撃と否定、そして怒りのようなものを感じる。妻も家で怒っている。兵らも怒っている。誰もがこの過程を通り抜ける。中には抜けるのが他の者よりも早いものもいる"



結婚の危機(Wedlock woes)

Foster牧師やその他下士官らによると、大隊の兵のうちには結婚が破局する可能性もある者も出て来うる。

"夫婦によっては既に極度まで負担が掛かっているところもある、そこにさらに一本藁を駱駝の背に乗せれば、受け入れがたい家族もあるだろう"とFoster軍曹。"兵の中には家に戻って、事態を解決したいと思う者もいるだろうが、その機会は今は無いようだ"

Stoehr一等軍曹も同意見である。"結婚が困難を抱えていて、最後まで行ってしまった者が数名いる"と同軍曹。"土壇場になっての延長が妻にとって破断点だったようだ"

延長で"家族の問題が増えている"と同軍曹。"時には妻がとにかく理解しないこともある、辛いことだ"

第14騎兵連隊第4大隊の兵ほぼ全員が今後数ヶ月の予定を立てていたが、派遣延長で取り消しとなった。イラク派遣が伸びたことで取り返しの付かない機会を失ってしまう兵も出ることとなる。

同大隊戦術作戦センターのRyan Forney軍曹(Sgt.)は、初子出産に立ち会える望みでわくわくしていた。"妻の出産予定日は10月29日だ"と同軍曹。"戻って妊娠期間の最後2、3ヶ月は助けられると思っていた、最初の6ヶ月は過ぎてしまったから"

妻は延長を聞いて、"かなり怒って取り乱していた"とForney軍曹。同軍曹は大隊の全員と同じく派遣中の二週間の休息休暇(rest and recuperation leave)を家で過ごすことができた。

"妻は私を支えようと頑張ってくれた"と同軍曹。しかし、バグダッドでの大隊の任務が伝えられておらず、120日間の延長のいつが帰還日となるのかはっきりしないのそうするのも難しかったようだ。

"妻が派遣中やその直前に出産した者を沢山知ってるし、16ヵ月後に戻って子供が顔を覚えていないとどう感じるかも分かる"っと軍曹は話す。



財布への影響(Hits to the wallet)

金銭支出も多数絡んでくる。兵と家族の多くは旅団が9月に予定していた一斉休暇(block leave)のため前もって航空券を購入していた。派遣延長に関する問題で旅団の兵の家族を助けるためフォートウェインライト行動班(action cell)が設けられ、これら支出が無駄とならないようにするのもその任務の一つである。

第172旅団は陸軍の三年周期任期(three-year unit manning cycle)を行っている最初の部隊であるため、旅団の兵の大半は帰還後に異動するか陸軍を去ることとなっていた。いまや多くの者が、陸軍内や民間で彼らが就く予定となっていた職が帰還後も空いているか分からずにいる。場合によっては移動予定の地域で新居のため手付金を既に支払い済みの者もいる。

帰還するまでそれらの枠は空けてあると陸軍が約束した兵でもこの罠にはまっていることはある。Hart大尉はヴァージニア州アレキサンドリア(Alexandria)の人的資源集団(Human Resources Command)で職を引き継ぐ予定であり、仕事場近くのアパートに手付金2000ドルを9月頭に入居の予定で支払い済みである。

人的資源集団は大尉が帰還するまで仕事は空けておくと伝えてきたが、大尉にとって入居していないアパートの家賃を今後4ヶ月間支払うのは無意味である。しかし、家主は手付金を返すのを拒んでいる。アラスカ州の陸軍法務筋は大尉にかわって手付金を返すよう動いている。

Forney軍曹によると、兵の家族が既に新居に引越しておりフォートウェインライトから数千マイルも離れたところで支援網もないままとなっている事例もあるとのことである。

兵が金銭支出を余分にすることとなる事例は様々である。"落ち込む道筋は百万通りも列挙できるだろう"と同軍曹。

国防総省が同大隊にイラク派遣延長を命じたときには、大隊の兵らは私物(personal gear)の大半は家に発送済みで、テレビや枕といった娯楽品は新たにイラクに到着した兵らに譲ってしまっており、イラクでの最後の週を過ごすのに必要な衛生用品と官給品(uniform item)をとっておいてあるだけだった。彼らはいまや自費で新たに代わりを買わねばならない。

Forney軍曹はアラバマ州のTroy State Universityのオンライン履修課程のために書籍で250ドル使っていた。"食べたいくらいだね"と同軍曹は口にする。

兵らのもう一つの不満は、アラスカの厳しい冬が始まる前には戻れそうにないということである。

"冬のさなかに戻るのは誰にとっても苦痛だ。夏季でなく冬の只中に戻るのはアラスカの部隊独特のきつさがある"と同軍曹は説明し、家を切り回し、倉庫から物を出すのは零下20度の気温では辛いと語る。



任務の手間が増える(Complicating the mission)

勿論、12ヶ月を超えて展開する兵らには俸給上特典がある。戦域で得た給料、再任ボーナスを含めて、は免税である。また1年を超える派遣の兵は奨励給として月に1000ドルを受け取れる。

しかし、第172旅団の派遣を延長する国防総省の決定が遅れたことで兵個人の感情および金銭に負担が掛かる以上のことが生じている。第14騎兵連隊第4大隊の士官らはバグダッドで命じられる任務が何であれ準備するのがはるかに困難となったと話す。

延長命令を受ける二日前に、第14騎兵連隊第4大隊任務部隊(Task Force 4-14)は"他の同盟部隊"、つまり特殊作戦部隊の別名、にストライカー装甲車のうち12両を、また別に4両を第14騎兵連隊第1大隊に譲ってしまっていた。第172旅団では戦域補給システムを通じてこの12両の代替車両を入手しようとしているが、1-14(第14騎兵連隊第1大隊)へ譲った分の4両は抜きでやらねばならないとFreitag大隊長は語る。

延長命令の三日前に、大隊では戦域常備装備(theater permanent equipment)を1-14へ渡してしまっている。戦域常備装備とは部隊が戦域に到着してから受け取る物である。1-14は当初、Rawahにて4-14を引き継ぐ予定となっていたストライカー部隊である。これには大隊の重量物を運ぶトラック、防御を構築するのに使われる工兵装備、部隊の分隊指名射手(squad designated marksman)のM14小銃全てといった個人装備が含まれている。

"列線部隊は戦闘装備が不足している"と4-14の本部および本部中隊副長(exexcutive officer)であるSean Skrmetta大尉は言う。

戦闘に向かう前に、大隊は表にある必須装備の大半を再支給される見込みだと同大尉は話す、最初から持っていれば"しかし、その過程はより痛みが少なくなったことだろう"、というのも暫しの間、4-14では他部隊から装備を借りなければならないゆえである。

"動くときは、これらの装備が全て必要なのは明らかだ"と同大尉。"安定しているときは、そんなには必要がない。そしてそんなに必要がないときに装備を受け取ることとなる"

新たに装備を受け取るのは、大隊が補給システムで装備を要請する際に用いるコードを抹消(close out)してしまっていたのでややこしくなっているとSkrmetta大尉。部隊には新たにコードが発行されるが、その手続きには最大15日を必要とし、大隊の貴重な時間をとっている。

"大隊が本当に苦労しているのは補給面だ"と同大尉。"譲ってしまった装備が全部、取り戻せない" 大尉は4-14が1-14に渡した装備を長々と列挙する。その中には防護眼鏡、ノーメックス製手袋、ケミカルライト、文房具などが含まれる。

大隊が手元に留め置いた装備も外されてアラスカへの輸送のため梱包され終えている。兵らは4-14の全てのM240B機銃と12.7mm機銃の照準装置を外してしまっていた。いまや、サイトを再び取り付けてゼロ補正(re-zero)しなければならない。

"これは手間の掛かる仕事で一般に長い時間が掛かる"と大尉。

部隊の不満の多くはバグダッドの状況は数ヶ月間も悪化し続けていたのに、上級指導者らが命令を変更するのをぎりぎり可能な最後の瞬間まで待ったゆえである。

兵らは"飛行機のドアまでほとんどあと一歩のところまで来て、「戻らねばならない」と告げられるのは好きじゃない"とStoehr一等軍曹。"少なくとも1ヶ月前に知っていたら、ずっと良かっただろう"

"もし一週間早く知っていれば、我々にとっては大きな違いがあった"と第14騎兵連隊第4大隊戦闘長(battle captain)のJames Vogelpoehl大尉は語る。

将校の中には混乱をあらわにし、またなぜ旅団をイラクにとどめておきバグダッドへ送るのが重要なのかと理由を問う向きもあった。命令系統の誰も一人としてどんな任務となるか話してくれる者はいない。

しかし、4-14が基地を出て戦闘へ戻るときに、部隊が態勢を整えていないと思う者は士官にも下士官にもほとんどいない。

延長が告げられてからの数日間、"連中はかなり参っていた"とStoehr一等軍曹。"彼らは衝撃を受けた。しかし、二日目には取り直して新たな任務へ向かう構えとなった"
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