SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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第2歩兵師団第3旅団各大隊のイラク北部およびバグダッドでの配置
出典 tacoma news tribune
URL http://www.thenewstribune.com/news/military/story/6049140p-5308499c.html
原題 Gunbattles welcome Strykers back to Iraq
筆者 MICHAEL GILBERT; The News Tribune
日時 2006年8月24日
他掲載媒体 不明
発信地 不明
内容
#要約
モスル
第3歩兵連隊第2大隊 ティグリス川東岸
第20歩兵連隊第5大隊の3個中隊 ティグリス川西岸
第18工兵中隊

Qayyarah
第37砲兵連隊第1大隊

Tal Afar
第14騎兵連隊第1大隊B中隊
第1機甲師団の機甲大隊1個

SinJar
第82空挺師団の騎兵大隊1個

バグダッド
第23歩兵連隊第1大隊 第1機甲師団第2旅団の指揮下
第14騎兵連隊第1大隊と第20歩兵連隊第5大隊の部隊 第4歩兵師団第4旅団の指揮下

#図像注釈
バグダッド市街図
ストライカー騎兵が巡察するのがDora地区
ストライカー歩兵が巡察するのがAsh Shula地区、Ghazaliya地区
であると読める。


#以下全訳



フォートルイスのストライカー部隊の兵らはバグダッドの最も剣呑な地域を新たに担当して巡察しているが、同部隊の兵らの中にはモスルの昔馴染みの場所でイラク内乱勢力を追っている者もある。

第2歩兵師団第3旅団の2個大隊、およそ1400名相当の規模、は首都で進行中の大掛かりな治安強化(security sweep)の一環でバグダッドにいる。

旅団の他の部隊は首都から北に225マイルのモスル、Qayyarah、Tal AfarとSinjarおよびシリア国境に至るまでの地を別の2個大隊が加わって担当している、と関係筋。

この地域は2003年11月から2004年10月まで、最初の派遣で同旅団(the Arrowhead brigade)が担当した地域である。

モスルにいる第18工兵中隊の小隊長Joshua Johnson中尉(Lt.)は派遣は一回目だが部下の大半は再度の派遣であると語る。

"部下達は自分達が居た場所を沢山覚えている"とJohnson中尉は火曜の電話インタビューで話す。"彼らが言うには、かなり酷くなっている場所もあるが、多くの場所は落ち着いたそうだ"

同中尉の部隊は先週、モスル西部のthe Yarmouk traffic circle(#ロータリー)、ここ三年間、ストライカー部隊の兵が無数の爆弾と待ち伏せを受けてきた場所からさほど遠くないところで銃撃戦をした。

この銃撃戦が始まったのは8月16日午前8時ごろ、黒い衣服の内乱勢力の戦士30名から40名が市内数箇所でイラク警察を攻撃したのである。Johnson中尉の小隊は伝えられた攻撃地点の一つに最も近かったため、ストライカー工兵車3両に乗って急行した。

途中、路肩爆弾による攻撃があったが、爆発でストライカー装甲車は傷付くことはなかったと同中尉。到着すると散発的な銃撃があるものの、イラク警察は状況を掌握しているようであった。

"そのとき、横道から銃撃を受け始めたのです"とJohnson中尉。

武装した者(gunman)が屋上や中庭から警官と兵らに撃ち掛けて来たと中尉。そこで中尉はストライカー装甲車をそちらへ向かわせた。兵らは後部上面ハッチ(the rear hatch)から武装した者を撃ち、又、各車上面に据えられている12.7mm機関銃も撃った。

部隊が通りの終わりまで着いたころには、"我々は奴ら全員を始末したと言っておきましょう・・・我々目掛けて撃っていた奴らはもはや撃っていませんでした"

小隊には全く損害が無かった。これは旅団のモスル到着以来、二度目の大規模な銃撃戦であった。最初のがあったのは8月4日で、奇しくもモスルでの最初の派遣中に旅団が経験した最も激しい戦闘が起きたのと同じ日であった。

第2歩兵師団第3旅団で最初の戦死者が日曜日にあった。Gabriel G. DeRoo軍曹(Sgt.)25歳が小火器による銃撃で戦死した。

しかし、総じて行動(action)は今回はさほど緊迫していないと、Johnson中尉も他の者も語る。

"そこここであてずっぽうに撃ってくるのが大半です"とJohnson中尉。"我々が着いてからはそんな感じです"

バグダッドに送られた部隊は第23歩兵連隊第1大隊で、同大隊は首都北西の地区で作戦している。もう一つは第14騎兵連隊第1大隊と第20歩兵連隊第5大隊の部隊を組み合わせた隊で、バグダッド南部のDora地区で活動している。Dora地区はサダムフセイン没落後以来の宗派間暴力で知られる無法地帯である。

バグダッドにいるフォートルイスの部隊は、バグダッドにいる限りストライカー旅団の司令官の指揮下にいない。第23歩兵連隊第1大隊(1-23)は第1機甲師団第2旅団の指揮下にあり、騎兵大隊は第4歩兵師団第4旅団の下にある。

バグダッドの米軍報道官は両大隊は内乱勢力の隠匿武器を発見し、内乱容疑者を拘束しイラク警察が何百という建造物を掃討するのを助けているとのこと。

第14騎兵連隊第1大隊のDora地区での違法兵器を探してのイラク部隊との巡察に先週、ロイター通信記者が同行している。

ロイターの報道によると、地元住民数名が第14騎兵連隊第1大隊長に話したところでは、米軍による数週間来の"Operation Together Forward"により戦いの渦中にあった地区に平穏がもたらされたという。

モスルの旅団報道官Robbie Parke少佐(Maj.)によると同旅団が北部の都市に到着したのは7月半ばであり第172ストライカー旅団戦闘団から引き継いだのは8月5日とのことである。

第3歩兵連隊第2大隊はティグリス川東岸で活動しており、第20歩兵連隊第5大隊の3個中隊は旧モスル(old Mosul)のティグリス川西岸を割り当てられている。

第37砲兵連隊第1大隊(#原文 The 1st Battalion, 37th Field Artillery Battalion)はモスルからほぼ30マイル南のQayyarahにて多かれ少なかれ歩兵として作戦している。Tal Afarでは第14騎兵連隊第1大隊B中隊が活動している。

同大隊には第1機甲師団の機甲大隊1個が加わっている。SinJarには第82空挺師団の騎兵大隊1個が腰を据えている。

これら全てで、旅団は仮に今バグダッドにいる部隊がモスルに居た場合とほぼ同数の兵員が使えるとParke少佐は話す。

イラク中の米軍部隊と同様、北部のストライカー部隊もイラク陸軍および警察の旅団と提携している(be partnered with)。

Parke報道官いわく、"我々の主要な任務はイラク治安部隊を介助し彼ら自身の戦いを助けることである"、また、"我々は援護任務である"
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