SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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バグダッドで家屋爆弾による宗派間抗争の可能性
出典 washington post
URL http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/08/31/AR2006083100975.html
原題 Blasts Kill at Least 66 in Baghdad
255 Wounded in Closely Timed Explosions in Shiite Muslim Area
日時 2006年9月1日
筆者 Amit R. Paley、Washington Post Staff Writer
取材協力
バグダッド
Correspondent Ellen Knickmeyer
special correspondents Naseer Nouri,
Naseer Mehdawi and K.I. Ibrahim
ナジャフ
special correspondent Saad Sarhan
およびイラク国内のその他のWashington Post staff
掲載紙面 A11
発信地 バグダッド 8月31日
内容 全訳
時刻が近い一連の爆発により火曜の夜、バグダッドのシーア派地区で少なくとも66名が死亡し255名が負傷した。これは宗派暴力を阻止しようとした新たな治安計画が発足したのにも関わらず数ヶ月間で最も死者の多い首都での攻撃の一つとなった。

#以下全訳最後まで
爆発で多層階のアパートの建物が潰れ、女性子供が瓦礫の下に埋まり、恐怖に駆られた店主らが主要な市場から逃げ出したと当局および目撃者は伝えている。一連の爆発は午後6時30分前後の数分内に市内のNew Baghdad地区で起きたが、その原因はすぐには明らかとなっていない。

目撃者と警察はロケット弾、迫撃砲、車爆弾の組み合わせによりこの流血事が起きたと語っている。内務省(the Interior Ministry)のJassem Khider大将(Gen.)はNew BaghdadのNuairiya区でロケット弾6発により主として女性子供が48名が亡くなり160名が負傷し、またBaladiyat区で多世帯住居(multifamiliy home)がロケット弾3発の攻撃を受けて18名が亡くなり92名が負傷したと述べた。

しかし別な内務省高官は攻撃は人口の多い地区で住居を賃貸し、大量の爆発物を建物内に仕掛けて起爆させたものだと語った。

"これはテロリストの新たな手口だ"とその高官は匿名を条件に話す。"テロ内乱勢力(the terrorist insurgents)は人々を殺す新たな方法を見つけたのだ"

65歳の地主Abu ZaynebはBaladiyat区の彼の区画で爆発後、20以上の遺体を見つけたと話す。彼のアパートは窓が壊れドアが吹き飛んでいた。午後10時20分、同氏は建物が崩壊するのを恐れて戸外に留まっていた。爆発で最も損傷をこうむった建造物は12の家族が住む三階建てのアパートで、攻撃のあった時刻にはたいてい混んでいるインターネットカフェ(Internet cafe)の隣にある。

"悪い時代だ"とZayebさんは妻と親族とともに外の闇の中に座って語った。

アパートに攻撃があっておよそ5分後、Baladiyatの小学校と消防署の間にある3区画離れたところで爆発があったと42歳のタクシー運転手Abu Samarは述べる。警察大佐(Police Col.)Hassan Jaloubによると爆発は車爆弾によるもので警官3名が死亡し7名が負傷したとのこと。その攻撃の5分後に、およそ1マイル半先にあるthe Arabian Houseという料理店で爆発があったとAbu Samar。

ほぼ時を同じくして、目撃者談によると、数発の飛翔体(missiles)か迫撃砲弾(mortar shells)がNew BaghdadのNuairiya区にある大きな市場周辺に着弾した。この砲撃により多層階のアパート施設(multistory apartment complex)が完全に崩壊し、付近の駐車施設にも命中したと住人。反米シーア派宗教指導者Moqtada al-Sadr師の民兵であるthe Mahdi Armyの者が瓦礫から住人を救助するのが見られた。

この日のこれよりはやい時間には、New Baghdadでガソリンスタンドの行列で午後12時45分に車爆弾が炸裂し、7名が死亡し18名が負傷したとAbdul Razaq Mahmoud警察大佐(police Col.)は述べる。

首都での流血は、Nouri al-Maliki首相がイラク部隊は9月に南部のDhi Qar州の管轄を米軍およびその同盟国から受け継ぐ備えが有ると木曜日に発表したのと重なった。イラクが完全に治安を受け継ぐ州は二つ目となる。7月に英国がMuthanna州を引き渡している。

Maliki首相はテレビ放映された報道会見で"年末までに治安部隊がイラクの州の大半を引き継ぐことを期待している"と言明した。

しかし、比較的平穏と考えられてきた南部イラクの地域ですら緊張が高まっている兆候として、木曜にかなりの数の米軍部隊がDiwaniyahをおさえるポーランド軍を増援した。Diwaniyahは南部の都市で今週イラク軍がMahdi Armyの民兵と戦闘したとReuters news agencyが報じている。

バグダッドでは、Sadr師の組織の関係者が木曜にthe Mahdi Armyが水曜の夜米軍部隊とバグダッド東部で衝突したと話した。米軍報道官はその地域での戦闘については情報が一切無いと述べた。

Sadr師のナジャフ(Najaf)にいる側近のSahib al-Amiriは首都のKamaliyah、Obaydiそして Fedaliya地区にあるサドル派の事務局を米軍が主導する部隊が強襲しようとして戦闘が始まったと語った。

the Mahdi Armyの者は火をつけたタイヤで道路を封鎖して部隊が入るのを防いだと同氏。続いて銃撃がおきた。

Kamaliyahにあるサドル派の事務局の長であるSheik Hassan al-Baghdadiは米軍部隊がシーア派モスクを強襲(raid)し住民に嫌がらせ(harassing)を始めて以来、ここ2週間一帯の雰囲気は緊張していると話している。米軍は地元指導者とthe Mahdi Armyの者から50名を逮捕したと同氏。

そして、水曜の夜には、住民が信じるところでは米軍は著名な地元の導師(imam)であるObaydiにあるthe Allawi MosqueのAhmed al-Aboudiを拘束しようとした。Aboudi師はthe Mahdi Armyが同師の逮捕を阻もうと米軍部隊に射撃して米軍車両に火をつけたと話している。

内務省筋によると衝突でMahdi Armyの者十数名が死亡または負傷し、イラク陸軍士官5名が死亡し9名が負傷している。事態が政治的に微妙であることから同筋は匿名を条件として話した。

木曜日、米軍は水曜に3名が戦死したことを発表した。第5海兵戦闘団の海兵一名および第1海兵補給群(the 1st Marine Logistics Group)の兵一名がアンバル州での戦闘で戦死し、第34歩兵師団第1旅団の兵が不明の地点で爆弾により戦死した。
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