SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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小隊軍曹、戦死
出典 tacoma news tribune
URL http://www.thenewstribune.com/news/military/story/6079593p-5331396c.html
原題 Fort Lewis soldier killed in Iraq ID’d
日時 2006年9月7日
筆者 MICHAEL GILBERT、The News Tribune
他掲載媒体 不明
発信地 不明
内容 全訳

水曜日に国防総省は、月曜に戦死が報道されていたフォートルイスの兵の氏名を公表。また、週末に戦闘以外が原因で亡くなった兵もまたフォートルイスの者であったことを明らかにした。

亡くなった兵は:
Richard J. Henkes一等軍曹(Sgt. 1st Class) ポートランド出身32歳
Hannah L. Gunterman一等兵(Pfc.) カリフォルニア州Redlands出身20歳

Henkes一等軍曹は第2歩兵師団第3旅団の小隊軍曹で、国防総省の報道発表によると、日曜にモスルにて彼のストライカー装甲車の付近で仕掛け爆弾が炸裂して戦死した。

両名が亡くなったことでイラク戦争で亡くなったフォートルイス勤務の者の数は78名となる。

Gunterman一等兵は第542整備中隊の補給特技兵(supply specialist)で月曜にバグダッドから北の米軍基地内にて"戦闘以外の原因(noncombat-related cause)"にて亡くなったと国防総省の報道発表は述べる。

報道発表によると、同一等兵の死は調査中とのこと。フォートルイス関係筋は同兵の状況についてはそれ以上の情報は無いと話している。

Henkes小隊軍曹の姉妹であるLinda Bass陸軍大尉(Army Capt.)はオレゴンの新聞にポートランドにて、同軍曹は兵としての生活が好きだったと語っている。同軍曹の遺族は5歳の娘Isabelである。

"彼は国に仕え、良い効果があることを行っていると信じていた"とBass大尉。"彼は大きな善のために行っていると考えていた"

Henkes軍曹は1992年に陸軍に入隊し、その後ワシントン州とオレゴン州の州兵で暫く過ごした後、1997年に現役に復帰した。

第3旅団では同軍曹はモスル東部にいる第3歩兵連隊第2大隊で小隊軍曹であった。

the Fort Lewis Ranger weeklyの記者がモスルにて第3旅団に従軍取材しており、同記者はHenkes軍曹はMosul Airfieldの病院の緊急治療室に到着してほどなくして、頭部のひどい傷のため亡くなったと伝える。

この病院を運営するのは同じくフォートルイスの第47戦闘支援病院(the 47th Combat Support Hospital)である。

Henkes軍曹は第3旅団がイラクに7月に到着して以来、同旅団で4人目の戦死者である。

Gunterman一等兵はバグダッドの北およそ15マイルのthe Taji logistics baseにて亡くなった。同兵は昨年11月、整備中隊の一員としてイラクへ派遣されたとフォートルイスの報道官は話す。またこれは同兵が2004年10月に陸軍に入隊して以来、初のイラク派遣であったとのこと。

中隊としてはイラク派遣は二度目で終わりが近づいていたときであった。同中隊では前回の派遣で兵1名を失っている。

第542整備中隊は第44軍団支援大隊(the 44th Corps Support Battalion)の傘下で車両および装備整備、トラック輸送(trucking)、兵站(supply)など様々な支援任務をこなしている。

フォートルイスの女性兵でイラクで亡くなったのはGunterman一等兵で5人目である。
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