SBCT関係論文翻訳
1999年10月AUSAの昼食会にて時の米陸軍参謀長エリック=シンセキ大将は演説を行った。陸軍の変革・再編・革新の道程標となる出来事であった。
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第2騎兵連隊、ドイツに到着
出典 army times
URL http://www.armytimes.com/story.php?f=1-292925-2107308.php
原題 Stryker unit welcomed 'back' to Germany
日時 2006年9月15日
筆者 Niels C. Sorrells、Associated Press
他掲載媒体 不明
発信地 ドイツ Vilseck
内容
陸軍は金曜日、ドイツ南部の新居へと第2ストライカー騎兵連隊(the 2nd Stryker Cavalry Regiment)を迎えいれた。軍は冷戦期の重い師団を脱ぎ捨ててより身軽でより機動力のある部隊へとかえる計画を進めている。

同旅団はここ3ヶ月をかけてVilseckの地域へ移転してきており、第1歩兵師団と第1機甲師団に交代してドイツに敏捷かつ柔軟性ある部隊が来ることになる。

展開に長時間を要する重師団と異なり、ストライカー旅団は迅速に紛争地域(hotspot)へ空輸されるよう設計されており、より小さなC-130輸送機(Hercules C-130 aircraft)に載せることができる。(#ストライカー装甲車は)ハマー(Humvee)よりもはるかに防護を与えてくれるが戦車やブラッドレーほどの火力と装甲は無い。

それでも、戦闘でストライカー装甲車に乗っていた兵らは、同装甲車はロケット擲弾や路肩爆弾といった厳しい試練に耐えたと語る。

"ストライカー装甲車以外にイラクで乗っていたい車両は無い"とイラクで2004年から2005年にストライカーの迫撃砲部隊で勤務したJames Williams軍曹(Sgt.)は語る。

同軍曹はイラクの地形は主として丘陵と砂漠であり、ドイツ南部の多様な地形は兵に良い訓練機会を与えてくれると話す。

"彼らが少々鋳型に囚われずに考える機会となるだろう"とテネシー州Bolivarの31歳の同軍曹は部隊の到着を公式に印す式典を前に語った。

19t、8輪歩兵輸送車は議会名誉勲章受勲者二名にちなんで名づけられている。第二次世界大戦時のStuart S. Stryker一等兵(Pfc.)とベトナム時のRobert F. Stryker特技兵(Spc.)である。ストライカー装甲車にはどこに行きどのように用いられるかに応じて様々な兵器と装甲を取り付けることができる。

第2ストライカー騎兵連隊はストライカー装甲車およそ300両と約3900名の兵からなる。

軍は式典は技術的には部隊をドイツに"戻る"のを歓迎するものだと語る。なぜならばストライカー装甲車を装備する以前に同連隊は第2機甲騎兵連隊(the 2nd Armored Cavaly Regiment)として知られ、ドイツに1944年から1992年まで駐留していたからである。

軍の変革構想はドイツの大基地を東欧のより小さい、簡素な駐屯地へと替え、兵はより短期間で交代するとしている。ストライカー連隊はしかしながら、従来のように、兵は長期間居て家族とともに移って来ることとなる。

第1歩兵師団はカンザス州フォートライリーへの移転を8月に完了し、第1機甲師団は現在イラクにおりテキサス州フォートブリスへ移転する予定が組まれている。
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